フリージャズ

フリージャズって何?と思われる方も多いと思います。フリーだから何をしてもいいのか?確かに今までのジャズのマンネリ化を破壊するために生まれたともいえるフリージャズですが、通常の分かりやすいジャズでさえ、さっぱり分からないという人もいますよね。フリーだから完全にでたらめをしても良い・・・ということでもないですね。確かにピアノの鍵盤をげんこつで叩いたりする演奏もあります。しかし、そこにはやはり何かルールがあったり、西洋音楽の和音を発展させたものなどいろいろなパターンが発生しました。

もちろん過去の音階や和音などを破壊?したとも思える演奏が最初はかなりの衝撃を与えました。基本ルールとしては好きなように演奏して良いというのがフリージャズの原点です。しかし全然楽器も触ったことの無い人がでたらめに演奏しても、これも許容されるとしても聞く方としては少しも面白くないと思います。

オーネット・コールマンというミュージュシャンが世界的に衝撃を与えた最初のフリージャズですが、過去の音楽のルールを破壊したという点ではすごかったですが、やはり音楽そのものの美しさやルールの上での演奏という人間が心地良いと感じるものがなかったために最近ではフリージャズは衰退してしまいました。

ただ、今はフリー的な要素も取り入れながら、音楽の和声やジャズで新たな境地を生んだモードなどいろいろなものを取り込んで音楽としてもジャズは発展しています。まあ、クラシックの世界の現代音楽と共通するものもあるといえるでしょうね。

管理人も山下洋輔さんのフリージャズを聴きにライブにも何回も行きましたが、やはりルールはあります。山下さんも最近はかなりオーソドックスなジャズに戻ってこられましたよね。最近は音楽も多様化して、ジャンルを超えて協演するということが多くなりました。少し前ですが、山下さんと坂本龍一さんが一緒にテレビに出て演奏したりいろいろな音楽について語っていましたが、すごく面白かったという記憶があります。音楽も垣根を超えていろいろなジャンルの良いものをとりいれるのが最良だと思います。音楽や芸術は唯一わがままが許されるものだと思っています。自分は演歌が大好きだという人や、自分はクラシック音楽が大好きだ、という好みが許されるのが、唯一音楽や芸術だと思います。もちろん管理人のように欲張りだとどんなジャンルでも良いものを見つけてしまうので、「これはある意味お得だな」などと勝手な思い込みをしています(^-^;)

今日は山下さんのフリージャズが好きだった頃、管理人がピアノソロで演奏した「枯葉」のフリーバージョンを聴いて下さい。完璧なフリーではないですが、かなり自由に演奏している・・・と自分では思っています。

On A Slow Boat To China

On A Slow Boat To China というちょっと変わったタイトルの曲。
フランク・レッサー【Frank Loesser】という人が1947年に作った有名曲です。ミュージカルなどの中の曲ではなく、単独で作られた曲ですが、その洒脱なメロディーのためか、多くのジャズメンが演奏していて、ジャズの名曲のようになっている曲です。

歌詞も変わっていて「中国行のボートに乗って・・・」とありますが、当時の西洋人は、中国というのがものすごく遠隔地にあるという認識があったようで、その距離感から悠久の時間を表現するための手段に使用したのかもしれません。

On a Slow Boat To China
    (words & music), Frank Loesser, 1947

I’d love to get you
On a slow boat to China,
All to myself alone;
Get you and keep you in my arms evermore,
Leave all your lovers
Weeping on the faraway shore.

Out on the briny
With the moon big and shinny,
Melting your heart of stone.
I’d love to get you
On a slow boat to China,
All to myself alone.

  オン・ナ・スローボート・トゥ・チャイナ

中国行きの船に乗って
君と二人だけで、中国行きの船に乗りたい。
君を僕の腕の中に永久に抱きしめ続けたい。
恋敵たちは、みんな、はるかかなたの海岸で悔し泣きだ。

大海原のなかで、満月に照らされ、
君の心を、頑ななふりをしている心を、溶かしたい。
乗ろうよ、二人だけで、中国行きの船に。

 

超一流のジャズミュージュシャンの演奏が数多くありますが、今回は私のピアノ・トリオの録音があったので、こちらでご紹介します。
Artenrich Trioのお遊び演奏で稚拙な演奏ですが、この演奏では弟のドラムスが中々良いのです。ピアノのアドリブは例によって1コーラス目は一応アドリブの体はなしていますが、2コーラス目はちょっと音探しに翻弄している感じで少しも良くありません。なので動画からは削ってしまい、アドリブはワンコーラスのみです。ベースラインは自分で書きましたがなかなか良いと思っています。ベースの演奏もしっかりしています。メロディー部分は原曲に忠実にわかりやすく弾いているので、曲の良さも良く伝わると思います。

このアレンジしたベース譜もアップしておきます。すべて全音符?で書かれていますが、実際はすべて四分音符です。また実際に演奏する時は、この楽譜の音より1オクターブ下の音で弾きます。実音を楽譜に反映させるとすごく弾きにくくなるからです。

On A Slow Boat To China のベース譜
On A Slow Boat To China のベース譜

昔やっていたピアノ・トリオ

昔、というのは今からかなり前のことになりますが、私と妻と弟でピアノ・トリオをやっていたことがありました。主にジャズをやっていましたが、もちろん趣味の範疇のお遊びピアノ・トリオです。なぜピアノトリオをやり始めたかというのはあまりはっきりと記憶はしていないんですが(かなりの昔のことなので)その頃私たち夫婦は東京から鎌倉に転居してきて、実家のある横浜まではかなり近くなりました。

月に一度くらいは実家に顔出しをしていましたが、ある日実家に行ったところ、弟がドラムセットを購入していて、私のピアノが置いてある部屋にドラムセットが置いてあったのです。弟は音楽は好きですが、演奏するほうはまるで駄目でギターやエレキベースなど楽器はたくさん持っていますが、どれも弾けるようにはなりませんでした。ドラムなんか叩けるのかなと思いましたが、一応リズムキープはできるみたいでした。しかし、あの大きな音はかなりの近所迷惑かなと思いましたが、当時実家はかなり敷地も広く、奥まった部屋が一ヶ所あったのでそこにピアノやドラムを置いたというわけです。私も当時ピアノでジャズがやれたらなぁ・・・と思っていたので、「ピアノトリオでもやるかね」と持ちかけたところ、弟もやりたいとのこと。でもベースは誰がやるんだ?ということになりましたが、弟が「お姉ちゃん(私の妻のこと)ギターやってたよね、エレキベースなら弾けるんじゃない?」と弟の答え。で、妻に話すと「え~、ジャズのベースなんか弾けないよ」というので「楽譜渡せば弾けるよね」というと「まあ、それなら・・・」妻は学生時代クラシックギターのクラブにはいっていたので、まあ楽譜があればオクターブ低いだけのエレキベースなら弾けるだろうということになり、私がベースの楽譜は書くことにしました。一応妻もジャズ自体は嫌いではないので、なんとか納得してつきあってくれました。

このベースの楽譜なんですが、今改めて当時録音したカセットテープをコンバーターでMP3に直して聴いてみるとなかなか良いんですよね。当時から編曲のセンスはちょっとあったんだなぁ・・・などと手前味噌納得をしています。さて、その演奏ですが、私のピアノはやっぱりアドリブは下手です。でも、今と違って一応はアドリブもできたし、左手のバッキングなども的確なジャズ和音でなかなかちゃんとしています。但し、右手のアドリブは今一どころかかなりひどいです。弟のドラムも変な所でリズムが狂ってるし・・・でも、合奏というのはとても楽しいです。当時私達の住んでいた家にはピアノはなかったし、どこで練習やアレンジをしていたんだろうと思いましたが、そういえば安いエレクトリック・キーボードを持っていました。これで練習していたんだと思います。見つけた音源から「枯葉」と「黒いオルフェ」をYouTubeにアップしてしまいました。音がかなり劣化していますが、テープが動かなくなる前にPCに取り込めて良かったです。

枯葉【Autumn Leaves】

黒いオルフェ【Orfeu Negro】


Luiz Bonfáという人が作った曲ですが、名曲ですね。

その音源から、「スパニッシュ・ステップ」というオリジナル曲と「サテン・ドール」もアップしてしまいました(^^;)妻に言わせると「恥知らず」ということですが、良いんです、趣味の世界ですから。スパニッシュ・ステップという曲はスパニュッシュモード1発の曲ですが、スペインの雰囲気がちょっとは出てるかなと思います。興味のある人は聴いてください。

スパニッシュ・ステップ【Spanish Step】

サテン・ドール【Satin Doll】

こんなの聴くと、今でもピアノを再開して音楽にのめりこんでいる私は、またやりたいなぁ・・・・・と思いますが、多分二人はもう付き合ってくれないと思います。しかも今の住宅事情じゃとても家ではこんなことできません。やるとすればレンタルスタジオでやるか、本格的防音室を作ってやるかですが、後者はすごく大変。まあ、私だけがヤマハあたりの音楽教室にいけばコンボジャズはできると思いますが、今は仕事も忙しいのでちょっと無理かなと思っています。でも、いつかまた再開したいなぁ・・・という希望だけは捨てないでいようと思います。

チック・コリア、ソロ・ピアノ コンサート

2014年6月16日チック・コリアのソロ・ピアノコンサートを聴きに行きました。

半年前に購入したチケットでしたが、忘れずに仕事も定時で切り上げコンサート会場へ。
よみうり大手町ホールという、従来からあるよみうりホールではなく、大手町の読売新聞本社ビルと同じ場所に2014年の3月にオープンした新しいホールです。チケットにもお間違えのないようにとの注意書きがありました。会場には開場前に到着。もうかなりの人が集まっていました。

全体を見回すと年配の方ばかりという感じです。まあ、考えてみればチックも73歳、同時代の人も多いのは当然と言えば当然です。ホールの中に入るとクラシック音楽で使われるホールという印象です。ステージにはグランドピアノが1台置かれていて、もちろんPAなどもありません。ここに舞台の袖からタキシード姿の人が出てくればまさにクラシックの演奏会。でも、開演のお知らせがあって出てきたのはラフな格好のチック・コリア(^o^)軽妙な挨拶に始まり、最初の曲が始まりました。

It Could Happen to You・・・ジェームズ・ヴァン・ヒューゼンの名曲ですが、1分後くらいにやっとわかりました。当日演奏される曲のプログラムは無しです。パンフレットも売っていましたが、プログラムが書かれたものではなくほとんどチックの写真と今回の来日公演で一緒にやるゲーリー・バートンの写真ばかりのもの。これで1,800円は高いので当然買いませんでしたが、演奏する曲のプログラムが無いというのもクラシックの演奏会とは違うところでしょうね。やる曲も即興的に変わってしまうこともあるからだと思います。

そうそう、その肝心の演奏ですが1曲目からぶちのめされました。ジャズのソロピアノは解りにくい、退屈という人が多いんですが、とても素晴らしい演奏でした。2曲目はアントニオ・カルロス・ジョビンの名作Desafinado」しかし、この複雑で多種多様な奏法は何と説明してよいのやら、チックが4歳からピアノを始めて、ありとあらゆるジャンルに手を染め60年以上もピアノを弾いてきた、その集大成とでも言えば良いのでしょうか・・・・・ワンジャンルの研鑽だけしてきた演奏家には到底できない新しいピアノの表現だと最初の2曲を聴いただけで思いました。次はビル・エヴァンスが良く弾いていた曲ですが、本当にアドリブの早いパッセージもタッチが揃っていて、なお且つとても美しい和音やアルペジオもとても美しいのです。旋律や和声が美しいだけでなく、ピアノのタッチそのものもとても綺麗なんです。余談ですが、チックのピアノタッチが綺麗なのは、あのグルダも認めていてチックの弾くモーツァルトはグルダも高く評価していました。そんなこんなであっという間に前半は終わってしまいましたが、15分の休憩をはさんで、後半はまたまた面白いことがありました。

後半もニコニコしながら出てきたチックですが、とても73歳には見えない若々しさです。外国人にしては小柄ですが、手は大きい。話しながら顔の前に手を広げた時にわかりました。軽妙な?トークもすべて英語なので完全にはわかりませんが、ニュアンスは伝わります。2部が始まって一曲目が終わってからだったと思いますがチックが舞台のソデに向かって手招きをしました。誰が出てくるのかと思いきや、女性でした。

あれあれ、と思っているとチックと抱擁してから、チックの肩に手をかけ「My ダンナ」と言ったのです。思わず会場からは笑いが起きましたが、そうそう、チックの奥様のゲイル・モラン女史でした。年はいってるけどとてもチャーミングな女性です。で、チックのピアノ伴奏でモラン女史が名作のSomeday My Prince Will Come を歌いました。この女性もともとはキーボード奏者なんですが、最近はよくチックの伴奏でヴォーカルを披露。いや、なかなかに上手い歌でした。この夫婦、夫婦仲が良いので有名ですが、二人の息のあった歌と演奏からも二人の間の良い関係がすごくよくわかりました。歳をとってもこんな関係が保てるのは本当に良いですね。

次に驚いたのが、「誰かステージに上がって」とチックのジェスチャー、最初に上がった若い男性、チックの右隣にスタッフに椅子を持ってこさせて座らせました。そして男性の名前を聞き、その男性を見ながらその男性のイメージを即興演奏。これがなかなか面白い。その男性はチックにとってはとても軽妙な男性に見えたようで、リズミカルなとても面白い演奏でした。次にステージに上がった女性は若いお姉さんでしたが、これまたとても美しい曲を即座に演奏。こんな曲がすぐに演奏できてしまうのはまさに驚異的。作曲家が何日も練りに練って作るような曲が即座にできてしまうのです。これ、そのまま録音して、譜面採りしたらりっぱなピアノ作品になると思いました。

この後がまたまた面白いことに。「チックがピアノ弾く人いますか?」一瞬私も手を挙げそうになりましたが、かなりの人が挙手。最初は若い女性が選ばれて、ステージに上がるようにとのジェスチャー。その若いお姉さんステージにあがると名前を聞き、「〇〇さんです」と紹介。自分は椅子の左端によけて、そのお姉さんを隣に座らせました。ちょっとためらっていた彼女も一緒に弾こうというチックのジェスチャーにチックが弾きだして左手で伴奏をしながら面白いフレーズを弾くと彼女はそのフレーズをそっくりオクターブ上でなぞります。チックの弾くフレーズは段々と難しくなりますが、よくついていきました。最後はチックが上手く纏めてエンディング。これを女性二人、男性一人三人の観客とやりましたが、皆さんそれぞれにチックの上手い先導があったとはいうものの、なかなかに上手く弾いていました。多分皆さんマジで勉強中の人たちだと思いました。

今やジャズ界の巨匠とも言われるピアニストが、こんな気さくで楽しいことをするというのも驚きでした。その後も面白かったのは小品を作ったと言ったのか楽譜?のような紙を広げ、その紙を指差しピアノの上に置いて演奏した小品が5曲くらい。これもなかなかの曲でした。でも、最後の2曲最初は最近お亡くなりになった名ギタリスト、パコ・デ・ルシアのよく弾いていた曲だと思うんですが、ラテンの血が流れているチックはよくスペインや南米の曲をやります。これがなかなかすごかった。ギター的な要素もふんだんに取り入れてラテンの雰囲気も出てましたね。チックの演奏を聴いていて思ったのはものすごく正確なタイム感覚と言うかリズム感というか、一流ミュージュシャンは皆そうなんですが、どんなに変則的なリズムのパッセージを弾いてもタイム感覚がずれないんです。リズム感覚だけはちょっと自信のある管理人にはこの辺がやっぱりすごいなぁ・・・と思いました。

さて、演奏もクライマックスに・・・・多分これチックのオリジナル曲だと思いますが、最初はピアノの弦を鍵盤ではなく直接指で叩いて鳴らしたり、いよいよチックもジョン・ケージに・・・(^o^)というのは冗談ですが、ここからがすごいのです。激しい嵐があったり、得も言われぬ美しい花のような旋律や和声、まさに山あり谷ありお花畑ありのピアノで奏でる叙事詩のような演奏でした。この曲に関しては多分画家でいうところの下絵は作ってあると思いました。その下絵を元に実際の演奏で色付けをしているという感じでした。不覚にもちょっと目頭が熱くなりました。

さて最後の曲が終わり、絶大な拍手の後アンコール!出ました!スペイン!チックの作った名曲ですが、そのフレーズを弾くとピアノから離れて歌えというのです。あの独特のメロディーを観客ほぼ全員で唱和、チックは次々とフレーズを変えてきます、でもちゃんとついていけるものですね。もちろん最後はチックのピアノで感動のフィナーレ・・・。

いやはや、楽しくも感動した時間を過ごさせてもらいました。これはもう本当にチックさんに感謝と言うほかありません。チックが退出し皆さんが帰る時、このホール自体は音響も良くなかなかだと思いましたが、設計ミスか4階にあるのにエスカレーターが1台しかなく、しかも一人しか立てない狭いエスカレーター、なので乗るまでに大渋滞。その時私の前にいた若い女性二人、聞くとはなしに会話が耳に入ってしまったんですが、どうもお二人とも音大生のようでした。その会話の中で、「ジャズピアニストのソロピアノっていうからどんなのかと思ってたけど、なんか凄かったね」「ホントホント、あんなピアノが弾けてしかも自由自在って感じよね」「すごいなぁ・・・」とお二人ともとても感動されていました。・・・そうでしょ、そうでしょ・・・と言いたくなりましたが、常識的なおじさんである管理人は黙って心の中で「そうそう」とうなづいておりました(笑)

しかし、チックのパワフルさにも驚きです。このソロ・ピアノ・コンサートは3日連続。しかもその後ヴィブラホーンのゲーリー・バートンとの演奏を各地で行います。このあたりもやはり凡人とは違うのかなぁ・・・と思いました。

長文ここまで読んでくれた方には感謝いたします。また、こんな素晴らしい感動を与えてくれたチック・コリア氏に敬意を表すると共にこれからも体に気をつけて末永く素晴らしい音楽を演奏してくださいと祈るばかりです。

ホールの中の写真は撮影禁止だったのでホールの外の写真です。

よみうり大手町ホール
よみうり大手町ホール

ビル・エヴァンスとクラシック音楽

ビル・エヴァンス、管理人が最も敬愛するピアニストの一人ですが、彼が生前演奏していた音楽は「JAZZ」というカテゴリー。ただ、私は彼の音楽はジャズとかクラシックとかジャンルに入れられない彼独自の音楽だと思っています。もちろん形態としてはジャズの範疇に入ると思いますが、彼のバックボーンにあるものとして重要なファクターを占めるのがやはりクラシック音楽なのです。このサイトでビル・エヴァンスのプロフィールと簡単な音楽紹介の個別ページがあります。そこでビルの音楽の背景にはクラシック音楽があると簡単に書いていますが、今回はビルとクラシック音楽の関係をもう少し詳しく掘り下げてみたいと思います。

この記事を書くにあたって、事実としての出来事やエピソードについては、コンサートピアニストで教育者でもあったピーター・ペッティンガーという人の書いた「ビル・エヴァンス ジャズピアニストの肖像」という本と音楽学者の石田一志さんのエッセイから引用させていただきました。

ビルが学生の頃はクラシックピアノを学んでいたというのは、広く知られていることですが、学生時代学んだものはバッハの平均律からモーツァルト、ベートーベンのソナタ、シューマン、ブラームス、ショパン、ラヴェル、ドビュッシー、ラフマニノフ、とここまではどこの音楽大学の学生も学ぶ作曲家ですが、この他に、ガーシュイン、ヴィラ=ロボス、ダリウス・ミヨーというちょっと個性的な作曲家の作品も学んでいます。その腕前ですが、名誉学生としてベートーベンの3番のコンチェルトを演奏したりしたので、20歳そこそこの学生としては相当の腕前だったようで、学長からも各音楽関係者宛に推薦状がいくつも送られています。こんなビルですが、自身でも迷った挙句クラシックの道には進まずにジャズの道に進みます。ビルがなぜジャズの道に進んだかということについてはいろいろな理由が考えられますが、ビル自身、クラシック音楽では失われた即興音楽の芸術性を追求したものがジャズという考えを持っていたようです。確かにモーツァルトやショパンは即興演奏の名手でした。有名なショパンの肖像画を描いたドラクロワなどが集まったサロンではショパンは殆どピアノで即興演奏をしていたと伝えられています。書かれた音楽であるシリアスミュージュックとしてのクラシックの楽曲には、ここの音はこう弾くだの解釈と演奏という美的な追求はできても、革新的な新しい音楽は生まれないと思っていたのかもしれません。なので対極にある即興という要素が最大の特徴であるジャズに向かったのだということが大きな原因でもあるのです。余談ですが、クラシックのピアノ協奏曲などに付帯しているカデンツァというものがあります。その昔は演奏者が即興で弾いていた部分なんですが、今は完全に楽譜に書かれています。

こんなビルがジャズ・ピアニストとして台頭してきた1950年代中頃、ビルのピアニストとしての才能をいち早く見抜いていたチャールス・ミンガス(※なかなか面白い実験的なジャズを作った黒人ベーシストですが、白人には偏見があったようです。)が、ビルの演奏を聴いて「あのピアノはジャズじゃない」と言ったのは有名な話です。当時ビルが活躍していたイーストコーストでは、ジャズは黒人ミュージュシャンが多数を占めていて、ビルのような白人ミュージュシャンは逆人種差別にあっていたようです。ただマイルス・デイビスのように常に革新的な音楽を追求していたミュージュシャンはビルのこのクラシック的な素養に目を付けました。そして自分のバンドにビルを呼び「Kind Of Blue」というモード手法という新しい試みをした傑作アルバムを作るのです。この話は今回の記事の内容とは違うので省略しますが、マイルスというのは確かに才能のある人物を見抜く慧眼を持っていた人で、マイルスのバンドに在籍していたピアニストの殆どが後に皆超一流のピアニストになっています。ビル・エヴァンス、チック・コリア、キース・ジャレット、ハービー・ハンコックとすごい面々です。

話が少し横道にそれましたが、ビルが台頭してきた頃のビ・バップ系のジャズピアニストの奏法と云えば、手首による単音の打鍵とノンペダルが主流。そこにビルは美しい和音と絶妙なペダルワークを入れたピアノを弾いたわけなので当時の黒人ジャズメンからは異端の目で見られたのは仕方のないことだったのかもしれません。

ここでビルがジャズに進んでからもどの程度クラシック音楽と関わっていたのかということについて書いてみます。ジャズをやるようになってニューヨークに出てきたビルが当時借りていた小さなアパートの部屋の居間には大きなグランドピアノが置いてあり、その楽譜立てには、常にショパン、ラヴェル、スクリャービンとバッハの平均律が置かれていたといいます。またこの時ダウンタウンにあるマナーズ音楽大学で3学期間作曲を学び、12音音楽も学んだとされています。ここで重要なのはスクリャービンの音楽を随分と勉強したらしいのです。スクリャービンといえば、その神秘的な和音と冷たい中の官能的な響きのある曲を書いた面白い作曲家ですが、エバンスの1978年に発表されたニュー・カンバセイションズ、邦題「未知との対話」というアルバムの中の「ソング・フォー・ヘレン」という曲では、かなりスクリャービン的な響きと複雑な和声構造の曲となっています。12音技法を取り入れた曲としては1971年のT.T.T(12音旋律)と最初の東京公演で発表されたT.T.T.T(12音旋律第2番)も身に付けたクラシック語法を再現した曲だといえます。T.T.T.Tは12音技法とリディアンモードを組み合わせた中々興味深い曲で、リディアンモードはジョージ・ラッセルというこれまた革新的な音楽を追及した作曲家であり理論家の元でサイドメンを勤めたことのあるビルが、ラッセルの「音組織のリディアン旋法に基づく半音階的技法」という理論に影響されたということがよくわかります。因みにこのラッセルの理論は武満徹氏が高く評価していたそうです。石田一志さん曰く、武満徹氏はこれの影響により調性回帰したのだとも云っています。

この頃のビルのピアニストとしての技量がどんなにすごかったかというエピソードを紹介します。1950年代当時ジャズでは黒人パワーが全盛でしたが、もう一方の流れとして、ジャズの芸術性を求める動きもかなりありました。特にガンサー・シュラーという人の提唱した現代音楽とジャズの出会いによる「サード・ストリーム・ミュージック」にはジャズ界からはジョージ・ラッセル、チャールズ・ミンガス、ジミー・ジェフリーなどが参加し、クラシック界からはガンサー・シュラー、ミルトン・バビット、ハロルド・シャピロが参加し、この6人の作曲家の提供する作品を演奏するという演奏会が開かれましたが、それぞれにスタイルが違う上、バビットに至ってはその読譜と演奏の難しさは有名でクラシックのコンサートピアニストも敬遠する作曲家でした。で、ここでビルに白羽の矢が立てられます。実際の演奏会ではビルはこの6人の難解な曲を難なく弾きこなしたといいます。まさにピアニストとしては面目躍如というところでしょうか。またこのミルトン・バビットと言う人の曲はもちろん私も聴いたことはありませんが、リズムがものすごく複雑で演奏してくれる人がいなくてシンセサイザーで演奏されるようになってしまったのです。ビルのリズム感というのは異様なくらい素晴らしく、よく、ビルのピアノはスイング感がない・・・とか言う人がいますが、これはあまりにリズムキープが正確なのでそのように聴こえてしまうのです。個性的なギタリストのジム・ホールとのコラボアルバム「アンダーカレント」の最初の曲「My Funny Valentine」ではリズムテンションともいえるような独特の変化のあるリズムで演奏しています。今だかつて、素晴らしくもこの曲のこんな変わった演奏は聴いたことがありません。

このようにピアニストとしての技術も人並みはずれてすごかったビルが1970年代はじめに、ジャズの将来について述べたコメントがあります。

「技術は今よりもっと複雑になる。作曲家にとっては、技術に精通しながらも自分の直感的なアプローチを維持することは挑戦となるだろう。即興者によっては、これらの技術を習得しながらも、ジャズの直感的でアーシーな風格を維持するというのが挑戦となるだろう」(山川京子:訳)

と言っていますが、まさに現代を代表するジャズピアニストであるチック・コリアやキース・ジャレットという人達の現在の姿を予見していた感じがありますね。ペッティンガーの本によれば、ビルは生涯クラシック音楽は手放さなかったようで、ヘロイン過から逃れる時にも毎日のようにバッハのインベンションとシンフォニアを弾いていたようですが、完全に全曲暗譜していたようです。また友人のピアニスト、ウォーレン・バーンハートとはモーツァルトとベートーベンの交響曲をピアノ連弾で弾いていたり、ラフマニノフの壮大な交響曲第2番も当時のレパートリーだったようです。

ビル・エヴァンスとクラシック音楽の関わりについてだいぶ長く書いてきましたが、いかがでしたでしょうか。最後まで読んでいただいた方には感謝いたします。スクリャービンの影響を受けたと思われる「ソング・フォー・ヘレン」の入った【New Conversation】から貼りつけておきます。いつもながらビルのピアノは美しいですね。

【New Conversation】