チック・コリア、ソロ・ピアノ コンサート

2014年6月16日チック・コリアのソロ・ピアノコンサートを聴きに行きました。

半年前に購入したチケットでしたが、忘れずに仕事も定時で切り上げコンサート会場へ。
よみうり大手町ホールという、従来からあるよみうりホールではなく、大手町の読売新聞本社ビルと同じ場所に2014年の3月にオープンした新しいホールです。チケットにもお間違えのないようにとの注意書きがありました。会場には開場前に到着。もうかなりの人が集まっていました。

全体を見回すと年配の方ばかりという感じです。まあ、考えてみればチックも73歳、同時代の人も多いのは当然と言えば当然です。ホールの中に入るとクラシック音楽で使われるホールという印象です。ステージにはグランドピアノが1台置かれていて、もちろんPAなどもありません。ここに舞台の袖からタキシード姿の人が出てくればまさにクラシックの演奏会。でも、開演のお知らせがあって出てきたのはラフな格好のチック・コリア(^o^)軽妙な挨拶に始まり、最初の曲が始まりました。

It Could Happen to You・・・ジェームズ・ヴァン・ヒューゼンの名曲ですが、1分後くらいにやっとわかりました。当日演奏される曲のプログラムは無しです。パンフレットも売っていましたが、プログラムが書かれたものではなくほとんどチックの写真と今回の来日公演で一緒にやるゲーリー・バートンの写真ばかりのもの。これで1,800円は高いので当然買いませんでしたが、演奏する曲のプログラムが無いというのもクラシックの演奏会とは違うところでしょうね。やる曲も即興的に変わってしまうこともあるからだと思います。

そうそう、その肝心の演奏ですが1曲目からぶちのめされました。ジャズのソロピアノは解りにくい、退屈という人が多いんですが、とても素晴らしい演奏でした。2曲目はアントニオ・カルロス・ジョビンの名作Desafinado」しかし、この複雑で多種多様な奏法は何と説明してよいのやら、チックが4歳からピアノを始めて、ありとあらゆるジャンルに手を染め60年以上もピアノを弾いてきた、その集大成とでも言えば良いのでしょうか・・・・・ワンジャンルの研鑽だけしてきた演奏家には到底できない新しいピアノの表現だと最初の2曲を聴いただけで思いました。次はビル・エヴァンスが良く弾いていた曲ですが、本当にアドリブの早いパッセージもタッチが揃っていて、なお且つとても美しい和音やアルペジオもとても美しいのです。旋律や和声が美しいだけでなく、ピアノのタッチそのものもとても綺麗なんです。余談ですが、チックのピアノタッチが綺麗なのは、あのグルダも認めていてチックの弾くモーツァルトはグルダも高く評価していました。そんなこんなであっという間に前半は終わってしまいましたが、15分の休憩をはさんで、後半はまたまた面白いことがありました。

後半もニコニコしながら出てきたチックですが、とても73歳には見えない若々しさです。外国人にしては小柄ですが、手は大きい。話しながら顔の前に手を広げた時にわかりました。軽妙な?トークもすべて英語なので完全にはわかりませんが、ニュアンスは伝わります。2部が始まって一曲目が終わってからだったと思いますがチックが舞台のソデに向かって手招きをしました。誰が出てくるのかと思いきや、女性でした。

あれあれ、と思っているとチックと抱擁してから、チックの肩に手をかけ「My ダンナ」と言ったのです。思わず会場からは笑いが起きましたが、そうそう、チックの奥様のゲイル・モラン女史でした。年はいってるけどとてもチャーミングな女性です。で、チックのピアノ伴奏でモラン女史が名作のSomeday My Prince Will Come を歌いました。この女性もともとはキーボード奏者なんですが、最近はよくチックの伴奏でヴォーカルを披露。いや、なかなかに上手い歌でした。この夫婦、夫婦仲が良いので有名ですが、二人の息のあった歌と演奏からも二人の間の良い関係がすごくよくわかりました。歳をとってもこんな関係が保てるのは本当に良いですね。

次に驚いたのが、「誰かステージに上がって」とチックのジェスチャー、最初に上がった若い男性、チックの右隣にスタッフに椅子を持ってこさせて座らせました。そして男性の名前を聞き、その男性を見ながらその男性のイメージを即興演奏。これがなかなか面白い。その男性はチックにとってはとても軽妙な男性に見えたようで、リズミカルなとても面白い演奏でした。次にステージに上がった女性は若いお姉さんでしたが、これまたとても美しい曲を即座に演奏。こんな曲がすぐに演奏できてしまうのはまさに驚異的。作曲家が何日も練りに練って作るような曲が即座にできてしまうのです。これ、そのまま録音して、譜面採りしたらりっぱなピアノ作品になると思いました。

この後がまたまた面白いことに。「チックがピアノ弾く人いますか?」一瞬私も手を挙げそうになりましたが、かなりの人が挙手。最初は若い女性が選ばれて、ステージに上がるようにとのジェスチャー。その若いお姉さんステージにあがると名前を聞き、「〇〇さんです」と紹介。自分は椅子の左端によけて、そのお姉さんを隣に座らせました。ちょっとためらっていた彼女も一緒に弾こうというチックのジェスチャーにチックが弾きだして左手で伴奏をしながら面白いフレーズを弾くと彼女はそのフレーズをそっくりオクターブ上でなぞります。チックの弾くフレーズは段々と難しくなりますが、よくついていきました。最後はチックが上手く纏めてエンディング。これを女性二人、男性一人三人の観客とやりましたが、皆さんそれぞれにチックの上手い先導があったとはいうものの、なかなかに上手く弾いていました。多分皆さんマジで勉強中の人たちだと思いました。

今やジャズ界の巨匠とも言われるピアニストが、こんな気さくで楽しいことをするというのも驚きでした。その後も面白かったのは小品を作ったと言ったのか楽譜?のような紙を広げ、その紙を指差しピアノの上に置いて演奏した小品が5曲くらい。これもなかなかの曲でした。でも、最後の2曲最初は最近お亡くなりになった名ギタリスト、パコ・デ・ルシアのよく弾いていた曲だと思うんですが、ラテンの血が流れているチックはよくスペインや南米の曲をやります。これがなかなかすごかった。ギター的な要素もふんだんに取り入れてラテンの雰囲気も出てましたね。チックの演奏を聴いていて思ったのはものすごく正確なタイム感覚と言うかリズム感というか、一流ミュージュシャンは皆そうなんですが、どんなに変則的なリズムのパッセージを弾いてもタイム感覚がずれないんです。リズム感覚だけはちょっと自信のある管理人にはこの辺がやっぱりすごいなぁ・・・と思いました。

さて、演奏もクライマックスに・・・・多分これチックのオリジナル曲だと思いますが、最初はピアノの弦を鍵盤ではなく直接指で叩いて鳴らしたり、いよいよチックもジョン・ケージに・・・(^o^)というのは冗談ですが、ここからがすごいのです。激しい嵐があったり、得も言われぬ美しい花のような旋律や和声、まさに山あり谷ありお花畑ありのピアノで奏でる叙事詩のような演奏でした。この曲に関しては多分画家でいうところの下絵は作ってあると思いました。その下絵を元に実際の演奏で色付けをしているという感じでした。不覚にもちょっと目頭が熱くなりました。

さて最後の曲が終わり、絶大な拍手の後アンコール!出ました!スペイン!チックの作った名曲ですが、そのフレーズを弾くとピアノから離れて歌えというのです。あの独特のメロディーを観客ほぼ全員で唱和、チックは次々とフレーズを変えてきます、でもちゃんとついていけるものですね。もちろん最後はチックのピアノで感動のフィナーレ・・・。

いやはや、楽しくも感動した時間を過ごさせてもらいました。これはもう本当にチックさんに感謝と言うほかありません。チックが退出し皆さんが帰る時、このホール自体は音響も良くなかなかだと思いましたが、設計ミスか4階にあるのにエスカレーターが1台しかなく、しかも一人しか立てない狭いエスカレーター、なので乗るまでに大渋滞。その時私の前にいた若い女性二人、聞くとはなしに会話が耳に入ってしまったんですが、どうもお二人とも音大生のようでした。その会話の中で、「ジャズピアニストのソロピアノっていうからどんなのかと思ってたけど、なんか凄かったね」「ホントホント、あんなピアノが弾けてしかも自由自在って感じよね」「すごいなぁ・・・」とお二人ともとても感動されていました。・・・そうでしょ、そうでしょ・・・と言いたくなりましたが、常識的なおじさんである管理人は黙って心の中で「そうそう」とうなづいておりました(笑)

しかし、チックのパワフルさにも驚きです。このソロ・ピアノ・コンサートは3日連続。しかもその後ヴィブラホーンのゲーリー・バートンとの演奏を各地で行います。このあたりもやはり凡人とは違うのかなぁ・・・と思いました。

長文ここまで読んでくれた方には感謝いたします。また、こんな素晴らしい感動を与えてくれたチック・コリア氏に敬意を表すると共にこれからも体に気をつけて末永く素晴らしい音楽を演奏してくださいと祈るばかりです。

ホールの中の写真は撮影禁止だったのでホールの外の写真です。

よみうり大手町ホール
よみうり大手町ホール

フリードリッヒ・グルダ:異端児の肖像

フリードリッヒ・グルダ、今回はこの巨匠についていかに面白い音楽家であったかということを詳しく紹介してみたいと思います。参考文献として「グルダの真実」という書籍からいろいろ引用させてもらいました。また貴重な写真も何点かアップさせてもらいました。(注※)(文中、茶色のテキストの部分は実際にグルダが語った言葉を引用したものです。)

異端児という当時の偏狭なクラシック音楽界の中では名誉ある?命名をされたグルダですが、この本でも語り口はその異端児ぶりを表現するために一人称は「私」ではなく「俺」になっています。

【グルダを取り巻く音楽家たち】

グルダは同時代の音楽家についてどう思っていたのでしょう、グルダが話題にした同時代の音楽家は数少ないですが、その中でミケランジェリとルービンシュタインとグールドについて若干の語りがあります。ミケランジェリは自分とは違うピアニストだが素晴らしいピアニストであったことに違いないが、ある距離をおいて見ていたと言っています。ミケランジェリはグルダに言わせれば、常に自分に厳しく現状では満足できなくて、ピアノにも満足できず演奏会をすっぽかしたり、自分に苦役を課していてさぞや大変な人生だったろうと言うようなことを言っています。またミケランジェリが公演をすっぽかした時グルダが代役で演奏したことがあります。その時の聴衆にたいしても「ミケランジェリの追っかけみたいな、上品なご婦人ばかりで俺は自分の弾きたいように自由にやった・・・そのおかげで聴衆の4割くらいが席を立って出て行ったけど、俺にとっては有意義な演奏会だった」と述べています。

★グルダのホロビッツ評

彼はものすごく速く、大きな音で弾けるピアニストだけど音楽のことはあまりわかってない。

★ルービンシュタイン

彼は素晴らしいピアニスト。美しい音と何よりもリラックスした寛ぎを与えてくれるピアニスト。バリバリ弾きまくる嫌な趣味もない。何よりもピアノという楽器を美しく響かせることができるピアニスト。これについてはルービンシュタインとミケランジェリは名人技。

ここでピアノのタッチの話から、突然ジャズピアニストのチック・コリアのことが出てきます。

「このタッチのセンスというのはどの流派で学んだかではなく、まったく特別な才能で、非常に稀なものなんだ。チック・コリアは間接的にミケランジェリの生徒の一人っていうことになる。あいつはミケランジェリの生徒からピアノを学んだからね。ジャズ・ピアニストの中じゃ、コリアは特別に美しい響きの持ち主、聞けばすぐにコリアとわかる。明るい水晶のようにクリアーな響きの持ち主、そう、それで彼は俺のところでちょっとばかりモーツァルトを学んだっていうわけさ、彼の演奏を聴けばそれがわかるよ」

チックはグルダからモーツァルトを学んだんですね。チックの弾くモーツァルトが、素晴らしいのはこの影響もあるのかなと思いました。

★グールドについて

グルダは名前が似ていることでよく間違われたと言っていますが、グールドについては素晴らしいピアニストであることには間違いはないといい、彼の弾く「ゴールドベルク変奏曲」はグルダは高く評価していた。しかし西洋音楽の古典が楽しさや気楽さというものから芸術というものに高められるほどにその閉塞感や堅苦しさからグールドと言うピアニストは抜けられなかったのではないかと言っています。自分はそういうものからいち早く抜け出て好きなことをやったから・・・「自分が受けてきた音楽教育のばかばかしい狭苦しさは完全に克服したんだ」と言っています。

【グルダとモーツァルト】

モーツァルトというと筆者も独自の感覚を感じて、ちょっと他の音楽家とは同列に並べられない作曲家だと思っています。グルダに言わせるとモーツァルトというのはピアノの曲に関して言えば、一部の曲をのぞいて技術レベルはあまりたいしたことない、せいぜい中級~中級の上のレベルで弾けるものばかり、しかしだからといってモーツァルトは甘く見てはいけない・・・と。当時のウィーンの演奏会のプログラムでも、最初に小手調べ的にモーツァルトの曲を弾いて、後からメインにチャイコフスキー(※筆者思うにこれはピアノコンチェルトの事かなと思います。)やブラームスなどの大曲を弾くというやり方が多かったみたいですね。これについてはグルダの独白を全部引用させてもらいます。

「でも、これはとんでもない思い違いで、正しい関係(※モーツァルトと他の作曲家の関係)の転倒なんだよ。まったく恥ずかしいことだけど、以前は俺自身もこの思い違いをしていた。音楽学校にいると、いや、残念ながらもっと上の音楽院にいても、そう思うようになってしまうんだ。モーツァルトこそは、おそらく、史上最大の音楽家だった。俺が音楽について考える場合、俺の思考の中でモーツァルトほど中心的な作曲家はいない。モーツァルトについては、俺はこう言っているくらいなんだ・・・【私にとってモーツァルトはイエスの次にくる人だ。なぜならば彼は疑いもなく、人類最大の恩人のひとりなのだから】」

まさにモーツァルトの本質を言い当てていると思いますね。私もそう思っています。昔モーツァルトを聴き始めたときには、とてもわかりやすいけど、でも、なんかみんな同じじゃん、という感じ方だったのです。でも、最近モーツァルトに関しては、少し感じ方が変わってきました。具体的に何が・・・とはいえないんですが、何かこう、天上の音楽という感じがします。こういうと何か宗教的な感じを抱いてしまう人もいるかもしれませんが、管理人は偏狭な宗教というものは大嫌いです。ただ、この無限大ともいえる、人間の叡智などでは計り知れない壮大な世界の摂理みたいなものは興味があります。モーツァルトの音楽というのは既存の言葉で表現すれば、いわゆる「神がかり」の音楽とも云えるくらい美しくもあり単純明快(音楽でもことさらに複雑なものが良いとは限らない)ではあるけれど、聴けば聴くほど奥が深い音楽と思えるのです。バッハもモーツァルトと音楽の違いはあるけれど、天啓を授かった音楽という気がします。ちょっと話が脱線してしまいましたが、次の項目に移りましょう。

★ピアニスト以外の音楽家のこと

グルダはピアニスト以外の音楽家についても言及していますが、その中で興味深かったのは、あの大指揮者のレナード・バーンスタイン。ひどいこき下ろしようです。ブエノスアイレスでバーンスタインの演奏会があり、そのレセプションで一緒になって、連弾をすることになったみたいなんですが、その時の事。グルダはいろいろジャズ演奏家の事などにも言及しているバーンスタインのことだから、ジャズくらい弾けるだろうと思ってガーシュインのレディ・ビー・グッドという曲をやろうということを提案したのですが・・・

ガーシュインのレディ・ビー・グッド、B♭メジャーの簡単なブルースの曲さ。ところがナント、驚いたことに、バーンスタインはこの曲を全然知らないって事がわかった。すべてがウソ八百だったんだよ。ー中略ージャズ音楽の構造とかコードの決まりとかについては、奴さん、まるでわかっちゃいないんだ。俺は驚いたことも驚いたけど、それよりも腹が立った。先に演ったモーツァルトだって甘ったるくって、ナヨナヨしていておよそモーツァルト的じゃない。思いだすのも嫌なくらいだ。さらに悪いことには、バカな連中がそれをことのほかモーツァルト的な演奏だなんて持ち上げるものだから、バーンスタインはますますいい気になってその無理解を助長してしまっているんだ。いまわしいことさ。

なんとまあ、当時でも巨匠といえるバーンスタインのことをこれだけ辛らつな言葉で批判してしまう、グルダという人物はまさに異端児。確信的な信念を持っていた人なんだなぁと改めて驚いています。まあ、後でバースタインの第9は良かった。優れた指揮者であることには間違いないなどとフォローしていますが、なかなか面白いエピソードですね。

こんなことを云うグルダも「カール・ベーム」については絶賛しています。モーツァルトをあそこまで美しく演奏した指揮者は彼だけだとか、「普段はあの好々爺とした風貌だからわからないけど、音楽に対しては強力なパワーを持っている、あの爺さんのことはあなどれない」とまで云っています。確かにベームという人は、音楽がゆるぎないという感じがします。すごい人だったんだろうなぁと思いますね。他にも「ジョージ・セル」やカラヤンについてはとんでもない演奏もあるけど、とにかくオケが綺麗に華やかに響くんだ。と、高く評価していたみたいですが、このあたりを詳しくご紹介すると、またまた膨大な長さになってしまうので、指揮者についてはこの辺で終わりにします。

★教師としてのグルダ

グルダ自身、自分は教師としてはまるでダメだったと言っています。自分で言っていますが、そもそも生徒というのは下手だ(これは当たり前のように思いますが(笑))下手なピアノはどうも苦手・・・これでは先生になりようがありませんね。(^0^)しかしグルダが唯一驚愕した生徒がいたのです。(以下原文引用)

・・・俺は何度も南米に演奏旅行に出かけていたけど、そのうちの何回目かの時、すごくしつこい一人の母親が「神童」とやらを連れて、俺を訪ねてきたんだ。あまりに粘るので会う日取りを決めて会うことにした。そんな次第でこのママ・アルゲリッチが12歳になる娘のマルタを連れて、俺の所にやってきたんだ。俺はまあちょっとピアノを器用に弾くたいしたこともない子供だろうと思っていた。すごく可愛い子だから、俺も少しは愛想が良くなって「何を弾いてくれるの?どこでピアノの勉強をしたの?」って緊張を解いてやろうと優しく訊いた。―中略― こうして彼女は子供らしい素直さでシューベルトを弾いた。もう、驚いたのなんのって、神童ってものが、本当にいたんだよ。・・・

グルダをして神童と言わしめた女性、もうお分かりかと思いますが、かのマルタ・アルゲリッチだったんですね。グルダはこうして2年以上マルタの先生になるわけですが、グルダ曰く、ピアノの技術面では何も教えることはなかったと云っています。何を教えたのかといえば、ウィーンという西洋音楽の伝統の空気を、ベートーヴェンやモーツァルトやハイドンと言った作曲家の音楽をウィーンという町で彼女に体験させるということだったようです。グルダは彼女からレッスン料などというものは一切取らなかったということですが、それにしてもやはり超一流になるような人は子供の時からちょっと(ではなく大きく)出来がちがうようですね。この話を聞いてそれは本当に実感しました。こういう関係があったからなのかわかりませんが、アルゲリッチは大人になってからもグルダとは交友があり、かなりプライベートな事もグルダには話す間柄だったようです。

写真は当時のマルタ・アルゲリッチとグルダ、少女時代のアルゲリッチ、可愛いですね。

グルダと少女時代のマルタ・アルゲリッチ
グルダと少女時代のマルタ・アルゲリッチ

★演奏中のこと

グルダに限らず、真に天才的な人が皆言っている興味深いことがあります。これは音楽という仕事に限ったことではないんですが、次のグルダの演奏中の事を読んでください。

俺の中には、そう、うんと深い核心とでも言ったところに、自分でも全くコントロールできない何かがあるんだ。それがなんなのかはわからない。この感覚に初めて気づいたのは、俺がまだ16歳だった1946年、ジュネーブの国際コンクールでのことだった。コンチェルトを弾いていて、ある箇所に来たとき、俺自身が弾いているんじゃない、それが弾いている、って感じがした。なにかこう背筋が寒くなるような気がしたよ。最高にうまく弾けている時だ・・・中略・・・最良の瞬間には、これは俺じゃないって気がするんだ。

これってなんだと思いますか?音楽の世界の人だけでなく、色々な偉業を成し遂げた人が必ずと言って良いほど口にする言葉です。その瞬間は自分ではなく何か大いなる力のようなものが入ってきて云々ということです。私が思うにこれがいわゆる天の助け、天啓というものなのかなと思っています。凡人にはこんな瞬間は訪れません。ただ、管理人も経験はありますが、本当に純粋な気持ちで自分の力を出し切って何かをした時というのは、何かこう目に見えない力が手助けをしてくれると感じたことが何度かあります。これって・・・何なんでしょうね。話が脱線してしまったので、次に進みましょう(^0^)/

【グルダとジャズ】

グルダがクラシックピアニストの中で異端児と呼ばれた最大の原因は、彼が本気でジャズに取り組んだということなのではないでしょうか。グルダとジャズの出会いは1946年のジュネーブ国際音楽コンクールに出場した時、ボランティアで宿泊部屋をグルダに提供してくれた家でした。当時はコンクールに出場するピアニストたちもホテルなどに宿泊する経済的余裕はなかったと云っています。そこでこういう奇特な人たちが若き芸術家の卵たちに宿舎を提供していたというわけなんですね。

それでグルダの泊まっていた家にはグルダと同年代の子供たちがいて、当時の最先端のジャズメン、ガレスピー、デューク・エリントン、チャーリー・パーカーなどの音楽を4、6時中を聴いていたのです。最初グルダはこの聴こえてくる音楽がどうにも好きになれなかった。うるさいので、ドアを閉めてベートーベンの練習をしていました。ところが、この先がグルダの凡人と違うところなのです。普通ならここで「ああいうわけのわからない音楽なんか最低だ」と言ってオミットしてしまう人が殆どでしょう。でもグルダはこう思うのです。「確かにあれは好きじゃないが、彼らがあれだけ夢中になって聴いていると言うことは、何か良いところがあるに違いない」と思うのです。

「俺は第一歩を踏み出したんだ。俺は自分に言い聞かせた・・・OK、好きになれないのはいいが、とにかくまあ一度、偏見を持たずに聴いてみよう。それで、彼らがその音楽を聴きながら、いつ、どこで、なぜ反応するのかってことをじっくり観察して、その反応を自分でも真似てみる。まあ、言ってみればジャズの聴き方の練習をしてみたってことさ。そしたら段々とわかってきた。そうなると慣れない手つきで自分でもトライしてみる。俺はレコードから聴こえてくる曲を真似して弾いて見た・・・ところが、これが実にやっかいな代物だったんだ。わけがわからなくてお手上げって感じだった。

この辺りは本当にすごいですよね。音楽に対する貪欲とさえいえる執念みたいなものがなければここまではできないと思いますね。しかもクラシック・ピアニストとしては国際的なコンクールに出場するくらいの腕前のピアニストがここまで偏見を持たずに知らないものを理解しようという姿勢・・・これはやはり驚くべきことなのではないかと思います。

その後、グルダは自分でもジャズのレコードを買ったりクラシックのコンサートが終わると小さなジャズクラブへ行きジャズを楽しむようになりました。でも、ここは根っからのピアニスト、自分でもやりたくなったんですね。

最初のうちはただ聴いているだけだったのが、だんだん自分も参加して、一緒に弾いちまうようになったんだ。当たって砕けろの精神さ。ところがやってみて、まったく楽じゃなかったよ。世界的ピアニストのグルダが弾くっていうことで、みんなジャズでも最初からぶったまげるようなスゴイ演奏をするものと思い込んでるんだからね。ところがどっこい、大失望ってわけさ。みんながまともに聴いてくれるようになるまで、俺はホント、すごい苦労をしたよ。・・・中略・・・俺がジャズを弾き始めた頃は、俺の演奏なんてお粗末なもんだったからね。ジャズの世界から見れば、俺は何ひとつできやしなかった。クラシックピアニストとしてはなんでもできたけど、ジャズ・プレイヤーとしてはゼロだったんだ。

この後グルダは何年もかけてジャズの修行をします。ジャズの演奏をする無名のピアニストからもいろいろ学び次第にジャズというものが分かってきます。

「皆親切に教えてくれたよ、コテンパンに酷評されたこともあったけど弾くのをやめちまえってことじゃないんだ。俺は謙虚だったからね。コペンハーゲンとかあちこちの都市で俺は穴倉みたいなジャズ・クラブに出かけて行った。そして「弾かせてもらえますか」って、礼儀正しく訊ねるんだ。グルダといいますと云ったって「ふ~んいい名前だな、ちょっと弾いてみな」っていう感じだった。

このあたりのグルダの自分が知らないもの、学習したいものに対しては謙虚に学ぶという姿勢は本当にすごいと思います。当時すでに世界的なクラシック・ピアニストだったわけですからね。普通の人間ならちょっと人より有名になったり、優れているという評価が出るとどうしても高慢になってしまう人が多いのに、グルダというのは歯に衣を着せない物言いをする人なので、高慢な人だと思われがちですが、真実は自分に正直で真に誠実な人だったのではないかと思います。

★第2のキャリア

グルダがジャズを学び始めた頃は時代からいってもモダンジャズの黎明期。それでも苦労をし、グルダはブルースとは何か、スウィングとは何か、バラードの伴奏はどうやるのか、ベースとはどう合わせるのか・・といったことを実践で体得していきます。何年もそういう状態が続いた後、ちょとした転機が訪れます。1956年のことです。スイスのジュネーブ国際音楽コンクールで一等賞に輝いてから10年も経っていました。グルダはザルツブルクでのマスタークラスとニューヨークの著名なジャズクラブ「バードランド」への出演というダブルブッキングをしてしまったのです。そのときブエノスアイレスの空港にいたグルダは、結局ニューヨーク行の飛行機に乗ってしまい、ザルツブルクのほうはキャンセルしてしまいます。

当時バードランドというジャズクラブで演奏できるプレイヤーは一流の人ばかりでした。グルダは蛮勇をふるってここで演奏したのです。因みにこのクラブの「バードランド」とはチャーリー・パーカーというスイングジャズからモダンジャズへの橋渡しをした偉大なサックス奏者のあだ名の「バード」から名付けられました。

俺は<バードランド>でジャズ・ピアノを弾いた。そこで昨日チャーリー・パーカーが演奏したことを俺は知っていた。偉大なジャズプレイヤーたちと比べたら、俺なんか何者でもない。それはまさに腕試しだった。そして俺は合格することができた。かなり得意でもあったよ。その時の俺の演奏は決して悪くはなかったと思う。でも当時俺がクラシックの世界でやっていることのレベルには、遠く及ばないものだった。まあ、言ってみれば徒弟の入門試験には合格したってところさ。

これからさらに4、5年ジャズの勉強に打ち込んだグルダはやっと自分でも第二のキャリアをものにしたと言っています。当時二足のわらじを履いていたグルダですが、32曲のベートーヴェンのソナタの他にバッハの平均律クラヴィーア曲集全曲の他、シューベルト、ショパン、シューマンなどの多くの楽曲を暗譜していつでも演奏会で弾けたうえ、ジャズでよく取り上げられるスタンダード曲を300曲暗譜で弾けたといいますから、やっぱりすごい人ですね。あらためて感嘆しました。

その後のグルダの音楽はますますいろいろなものに拡大してゆきますが、中でも面白いのは、マジでサックスを吹き始めたということです。グルダはジャズの管楽器奏者のためにたくさん曲を書いたことがありました。しかし、プレイヤーからはどうも管では吹きにくい、音がピアノ的だとか言われたようです。そこでグルダはサックスの練習を始めるのです。この辺の行動力というのは本当に感心します。彼が選んだのはバリトンサックスですが、なぜ、バリトンサックスを選んだのか・・・多分ジャズの世界でもバリトン奏者はジェリー・マリガンのような名手といわれる人も少なく、アルトやテナーの名手はゴロゴロいたので、ライバルの少ないバリトンサックスにしたのかなぁ・・・というのは管理人の考えです。で、この楽器でもほぼ1年で人前で吹けるようになり、あるジャズフェスでも演奏したりしています。写真はその時のサックスを吹いているグルダの貴重な写真です。本当に面白い人ですね。

レックリングハウスでのジャズフェスティバルでバリトンサックスを吹くグルダ
レックリングハウスでのジャズフェスティバルでバリトンサックスを吹くグルダ

その後もグルダは研鑚を重ね、チック・コリアやジョー・ザビヌル、ハービー・ハンコックといった超一流のジャズメンとも共演をするようになります。チック・コリアのことは特にお気に入りだったようで、自分は同性愛者ではないが、チックには音楽的に愛を感じていたみたいなことも言っています。写真はチックと仲良く手を繋いでいる写真。なんかちょっと微笑ましい写真ですね。

チック・コリアと手をつなぐグルダ
チック・コリアと手をつなぐグルダ

その他にもこの「グルダの真実」には現代音楽のことやフリー・ミュージックのこと、クラヴィコードにのめりこんだこと、作曲のことなど、面白いことがたくさん書いてありますが、あまりに長くなってしまうので、それらはまた別の機会にご紹介したいと思っています。

ここで少しだけ管理人の言葉で一言。グルダは殆どの著名なジャズミュージシャンに言及していて、キース・ジャレットについては、共演したことはないがいつか一緒にやってみたいとも言っていますが、ジャズ界の3大巨人、常に新しい試みに挑戦した音楽界のピカソとも言われたマイルス・デイビスと晩年は哲学的~宗教的になったジョン・コルトレーン、モダンジャズのピアニストでは、独自の奏法を確立し、後進のピアニストにも多大な影響を与え、モダン・ジャズのピアニストでは無視できない存在だった名ピアニストのビル・エヴァンス、この3人については何も触れていません。たまたま遭遇する機会がなかったのか、グルダほどの人物がこれらの人たちのことを知らないわけはないとは思いますが、ちょっと謎でもあります。(もしかしたらインタビューで触れる機会がなかったのかもしれません)

最後にグルダが自分で言った音楽の【ジャンルの壁】についての言及を引用しておきます。

音楽っていうのは、まあ、一本の大木のようなもので、そこからいろいろな枝がわかれてはいるけど、根っこは同じということだ。こういう風に考えれば俺にとっては(ジャンルの壁による・・筆者補筆)葛藤なんて解消してしまう。ところが普通はそこに葛藤があって、真面目な音楽家はみなそれを抱え込むことになる。自分は何をやるべきか、っていう問題だよ。ジャズをやるか、ポップスをやるか、クラシックをやるか、これは大変な問題のようだけど、何をやるかなんて問題じゃない、世の中には非常に多くの音楽の実践があるんだ、ってことだろう。クラシックの連中がジャズの連中を見下したり、ジャズの連中がクラシック・ファンのことを、まるで老いぼれの口うるさい、どうでもいいオバサンみたいに見るのはいい加減ヤメにしょうじゃないか。あの老ゲーテもこう言ってるよ・・・「諸国民が互いにいがみ合い、軽蔑し合っていたのでは、共に協力する気は起こらない」ってね。俺のやっていることは、両者の融和のために、何らかの役には立っているのかもしれないと思うよ。

そうなんです、人は自分の理解できないもの、嫌いなものは排斥しようとします。これは音楽だけではなくすべての争いの元なのです。私もどちらかといえば、クラシック系の音楽のほうが馴染みがありました。ビートルズは子供の頃から好きでしたが、初めてジャズを聴いた時、なんじゃこれは!グルダと同じでした。さっぱりわけがわからなかったのです。でも何回も色々なものを聴いていくうちに病みつきになりました。今では色々なもの偏見を持たずに聴くことができます。ただ、どうしても好きになれないもの、良さのわからないものというのはあります。これはいたし方ないと思っています。感受性の問題ですからね。食べ物だって皆が美味しいというものだって、人によっては美味しくないと感じる場合もあります、男性側からの見方で恐縮ですが、皆が美しいという女性だって人によっては、そうかなぁ・・・と感じる人だっているのです。ただ、それでその人のことを排斥しようとしてはダメなのです。そうか、君はA子ちゃんより、断然B子ちゃんのほうがいいんだね。と言う態度で認めてあげることです。最後はちょっと変な例えになってしまいましたが、本当に長文になってしまいました。ここまで読んでくれた方には感謝です。

今まで自分がやってきた音楽、聴いてきた音楽の他のジャンルの音楽にはあまり興味がなかったな、という人もこの管理人の拙文を読んで、他のジャンルの音楽も聴いてみようかな、弾いてみようかな・・・と思ってくれる人がいれば、管理人としては望外の喜びです。

ありがとうございました。

(注※)写真の掲載についても著作権侵害の目的はありません。広く紹介と言う意味で掲載させていただいています。もし何か不都合があればメールフォームからご連絡ください。対処させていただきます。なお、原文の引用部分も筆者の独断でこう表現した方が簡潔でわかりやすいと判断した部分は若干の字句の訂正はさせていただきました。もちろん原文の内容が変わるような表現の変更はしていません。

フリードリッヒ・グルダと音楽の垣根

フリードリッヒ・グルダといえば、20世紀を代表する巨匠といえるピアニストですが、今日は、このグルダと音楽のジャンルについて、管理人の思うことを書いてみたいと思います。

グルダを知ったのは、管理人が大人になってからピアノを習い始め、ベートーベンのピアノ・ソナタの演奏をグルダのピアノで聴いたのがきっかけです。もちろん生ではなくレコードです。グルダというと「ジャズなどもやっていたちょっと変わったピアニスト」という認識の人も多いかもしれませんが、それくらい彼がジャズにはまっていたということなんだと思います。グルダがジャズ演奏をするというのを知ったのは、グルダのベートーベンを聴いた後でしたが、へ~、マジでジャズをやるピアニストもいるんだと感心しました。もちろんグルダの弾くベートーベンも素晴らしく、感動しました。

1970年代にはグルダは本当にジャズに転向しようと思った時期もあるらしいんですが、周囲の強い反対もあって、両立しようということになったようです。ジャズというと今だに偏見を持っているクラシックファンも多いですが、さすがにプロの演奏家には最近ではそういう人も少なくなってきているようです。

確かにその昔デキシーランドジャズやスイング時代の演奏家はクラシックの演奏家と比較したら技術的にも音楽的にもレベルの差は格段にありましたが、(デキシーランドジャズやスイングジャズが良くないと言っているのではありません)、現代のジャズ演奏家のトップクラスの人たちは素晴らしい音楽性と技術を持っています。また最近では日本の若手ジャズミュージシャンは特に著名ではなくてもプロとして活躍している人たちは皆高い音楽性と技術も持っています。
これは戦後日本が高度経済成長をして、音楽の道に進むにしても正規の音楽教育を受けられるようになったからだと思います。彼らは皆既存の西洋の古典と一応クラシックの音楽理論を身に付けたうえで新しい音楽に挑戦しているので、基礎がしっかりしています。

昔の1950年代の名手と言われるジャズベーシストなどでも、若干ピッチが甘いかなと感じる演奏もあります。でも今は普通に聴きに行けるジャズのライブハウスで演奏している若手ベーシストなどを聴いても、ものすごくピッチが正確です。これはあたりまえのことなんですが、基礎をしっかりと身に付けているからだと思います。

話が脱線してしまいましたが、これは以前書いた記事にありますが、海外のオケに入って活躍している日本人の演奏家が、たまたまキース・ジャレットの弾くバルトークのピアノ協奏曲を生で聴いて、あの難曲をあれだけ弾けるとはすごいと感嘆したということですが、これも一種の偏見ですよね。ジャズ・ピアニストにクラシックの難曲など弾けないだろう・・・・・という思いが、こういう発言になるのだと思います。まあ、キース・ジャレットやチック・コリアというピアニストは単にジャズピアニストという狭いジャンルでは括れない音楽家ともいえると思います。

逆にジャズ演奏家の方がこの辺はこだわりが無くて、気楽にクラシック曲も演奏しているのだと思います。チック・コリアにしてもそうですし、最近では日本のジャズピアニストの「小曽根真」さんも東京フィルとモーツァルトのピアノ協奏曲台27番を演奏して話題になりましたが、これからはどんどんこのジャンルの垣根という、ちょっと厄介なものを取り払って新しい音楽の試みもして欲しいと思います。

グルダの話から、またまただいぶ話が脱線してしまいましたが、グルダという人は、感性がクラシック音楽だけに飽き足らず、新しい音楽の試みに挑戦するという革新的な感性の持ち主であったということなんですね。管理人もいつも言っていますが、事、音楽に関しては貪欲な感性(笑)の持ち主なので、あらゆる音楽を聴いて楽しんでいますが、グルダも古い音楽から現代ものまでなんでも弾いちゃうというすごい人です。少し前にグルダの演奏会の様子を収録した別な動画を見ましたが、なんと「クラヴィコード」を弾いていました。しかも大きな演奏会場ではあの小さな音のクラヴィコードでは聴こえないので、自分でPAの音を調節したりして、この大胆でこだわりのないグルダの音楽に対する貪欲さにエールを送りたいと思います。残念ながらもう故人になってしまいましたが、グルダの音楽に対する姿勢を後進の音楽家も見習って欲しいものです。

つい先日ツイッターでも紹介しましたが、グルダのジャズピアノをレクチャーしている動画と、チック・コリアと共演している動画を貼り付けておきます。

こういう貴重な画像と演奏が見られる、このYouTubeというサイトを作った、Googleさんには感謝ですね。レクチャー版はドイツ語なのでよくわかりませんが、トニック、ドミナント、サブドミナントなどというのはちょっと聞きとれて、それを実際に弾いてみせるのでよくわかりますね。

チックとの共演のほうは途中でグルダがピアノを弾くのを止めてしまいますが、その後のチックのピアノがとても素晴らしい演奏です。音楽って本当に良いですね。3度の飯とどっちが好きかと問われても、まあ3度の飯には負けてしまいますが(^o^)音楽って人間の発明?(実は人間が発明したのではなく、すでにどこかに存在しているらしい物をこの物質世界に持ち込んだ(誰が?)という説もありますが、ちょっとこの話は当サイトの趣旨から逸脱してしまうのでこれ以上はノーカットです)したものの中でも特に素晴らしいものですね。

Chick Corea & Friedrich Gulda-2 Pianos Jazz Improvisation

今日も管理人の長文を最後まで読んでくれた方には感謝します!

【ポートレイト・イン・ジャズ】ビル・エヴァンス・トリオ

少しでもジャズを聴こうと思った人なら、知らない人はいないとも言える、ジャズのピアノトリオ演奏の定番中の定番。しかも傑作アルバムです。黒人のファンキーなピアノが好きと言う人にはあまり好かれていないかも知れませんが、そういう好みの問題は別にしてこのアルバムはピアノ・トリオというスタイルのひとつの新しい形を作ったともいえる、記念碑的な名盤です。

若くして夭折してしまった天才ベーシストスコット・ラファロとのインタープレイが特に有名ですが、そもそもベースと言う楽器はいわゆる縁の下の力持ち的な役割だったのを、ラファロはソロ楽器としてピアノと対等に演奏したということが、このアルバムを有名にしたひとつの要因ではありますが、そういうことも含めてビルのピアノも溌剌としており、変な言い方ですが、結構抽象的なアドリブを展開します。

そういう意味では、このアルバムと双璧をなすビル・エバンス・トリオ初期の傑作「ワルツ・フォー・デビー」のほうが、ずっと親しみやすい演奏と言えます。私事ですが、ロック&ポップスばかり聞いていた管理人の弟に学生の頃初めて当サイトでも紹介しているオスカー・ピーターソン「We Get Requests」を聴かせたら、すごくわかりやすくて喜んで聴いていましたが、次にこのビルの「Portrait in Jazz」を聴かせたら「難解で少しも良さがわからない」と言ったのが印象に残っています。確かに「枯葉」のちょっと変?ともいえる急速調の演奏や、ある意味このアルバムは特殊なアルバムかもしれません。

またこのアルバムの演奏が、この後に出てくるチック・コリアやキース・ジャレットなどのピアニストにも絶大な影響を与えたということもすごいことだと思います。視聴はディズニーの映画音楽などを多く手がけた作曲家のフランク・チャーチルの名作「Someday My Prince Will Come」邦題は「いつか王子様が」を聴いてみましょう。

【Someday My Prince Will Come】Bill Evans

いつも思うんですが、このビルの素晴らしい演奏を現代のクリアな音で録音されていたら、もっと素晴らしいものになると思うんですが、こればかりはどうしようもないですね。1959年12月の録音ですから、今から53年前の録音。でも、このちょっと時代を感じさせるアナログ的な音も味わい深いといえるのかもしれません。

蛇足ですが、このアルバムジャケットのビルの写真が、なんともまじめくさった感じで面白いですね。

新春初ライブ・・・銀座スウィングシティにて

1月6日正月休み明け早々にライブを聴きに行きました。以前当サイトでも紹介させていただいて、時々お名前が出てくるジャズヴォーカル&フルート奏者の「若生りえ」さんのライブ。

当日のメンバーは次のとおりです。
(vo&fl)若生りえ、(g&arr)細野よしひこ、(p)遠藤征志、(b)金子健、(dr)八木秀樹

りえさんの歌は前回初めて聴いたときと同じくパワフル&センシティブで素晴らしかったですが、管理人の自分の都合でラストステージまで聴けなかったのが残念でした。当日の圧巻はなんと言っても「スペイン」という前々回の記事で紹介した、アランフェス協奏曲をモチーフにした「チック・コリア」の曲。スローテンポのテーマの後、一転アップテンポのフレーズをりえさんの歌とすべての楽器がユニゾンでドドドと怒涛のように演奏されます。早くて複雑なフレーズ。誰か一人がトチッても台無しになってしまいます。もちろん皆さん素晴らしい技巧の持ち主ばかりですからそんなことはありえませんが、聴いていてなかなかスリリングな演奏でした。(注)このスペインという曲の詳しい解説はりえさんのブログの記事を参照してください。)

当日のメンバーの演奏について少しだけ。ギターの細野さんはもう完璧な技巧と音楽センスあふれる演奏、ピアノの遠藤征志さんはまだ若いけど、結構斬新な音作りをされていて、将来が楽しみなピアニストという感じです。余談ですが、なかなかルックスも良いので、若い女性ファンが多いのでは・・・・と思いました。ベースの金子健さんは名前は以前から知っていましたが、生演奏を聴くのは初めて。あたりまえですが上手いです。最近のベーシストの皆さんはピッチが正確なので聴いていて気持ちが良いです。ドラマーの八木秀樹さんは管理人の好きなタイプのドラマーでした。ブラッシュワークがとても綺麗で、なんと表現したら良いか難しいですが、あえて言うとさわやかなドラムを叩く人という感じでした。

以前の記事にも書きましたが、ギターの細野よしひこさんは管理人が大昔にジャズスクールに通っていた頃何度かご教授を受けた方。今回は休憩時間にお声をかけさせていただいて、昔話と近況などについていろいろ話すことができてとても楽しかったです。昔も今も変わらず良いお人柄で、気さくに話しをしてくれました。ジャズギター教室もやっていらっしゃるようで、習ってみたいですが、管理人も長年やってきたジャンルとは違う仕事をやり始めてまだ日が浅く、色々と勉強しなければならないこともあるので、今すぐはちょっと無理かなぁ・・・・という思いです。

当日のサプライズはいろいろあったんですが、何と言っても驚いたのは俳優の「寺泉憲」さんのこと。ゲストでお見えになっていたんですが、俳優の他に「ジャズヴォーカリスト」という肩書きも持つ人。チャップリンのあの名曲「スマイル」を歌ってくれましたが、その歌の上手いのには驚きました。もともと英語が堪能な人だけに素晴らしいヴォーカルを披露してくれました。それに、1947年生まれと聞きましたが、とても還暦を過ぎている人には見えません。あのカッコ良さは天性の素質もあるのでしょうが、私も含めて一般人は見劣りしてしまいますね(笑)

りえさんの素晴らしいヴォーカル、聴いたことのない人のためにYou Tubeの動画を貼り付けておきます。少し前のライヴの時の映像だと思いますが、今のほうが少し声がハスキーになってるかな・・・。細野よしひこさんのこれまた素晴らしいギタープレイも聴けます。

You And The Night And The Music