福村裕子 ピアノ演奏会

先週2014年6月18日 横浜のみなとみらい小ホールで福村裕子さんという方のピアノ演奏会に行った。

もちろんプロの演奏家ではないので、ご存知ないと思いますが、管理人の妻の仕事関係の知り合いの方です。パンフレットの副題が、「音楽療法活動支援のためのチャリティーコンサート」とありました。この方が幼少時からピアノをやられていて、ずっとプロのピアニストの方に個人レッスンを受けていたということは聞いていました。

開演ギリギリ前に行ったのですが、多分観客はお身内の方がほとんどで、ガラガラだろうと思いましたが、席はほぼ満席に近くちょっとビックリ。一番後ろの関係者席の前に座ることになりました。開演のアナウンスがあり、舞台に登場された福村さんを見てまたビックリ、遠目ということがあるにしても、そのお姿はどう見てもご老人には見えません。お歳は75歳になられたということは知っていましたが驚きました。何年か前にお会いしたことがありますが、この時代の女性にしてはとても身長があり、多分167cmくらいはあると思いました。前半ではロングドレスを着ていらっしゃいましたが、その凛とされたお姿どおり、演奏のほうも素晴らしいものでした。

最初の曲はモーツァルトの第9番、K.311番のピアノソナタ。プロの演奏会ではあまり演奏されることはありませんが、ピアノのコンペなどではよく課題曲にされることもある曲ですね。でも、モーツァルト的な美しさは充分に味わえる曲です。さすがに最初はちょっと緊張されている感じはありましたが、だんだんとリラックスされてとても自然な良い演奏だったと思いました。

2曲目。ベートーヴェンのピアノ・ソナタの中ではちょっと異色の作品ともいえる俗に”テレーゼ”という表題の付いている第24番のソナタ。この曲2楽章しかありません。ただ、なかなかに情緒的で美しい曲で、ベートーヴェンの曲の中では結構好きな曲のひとつです。ベートーヴェンってある部分モーツァル トに似ているところがありますよね。まあ、これはベートーヴェンが影響を受けているのだと思いますが、古典的な美しさもベートーヴェンの特徴だと思います。

前半最後の曲。ショパンのバラード3番です。この曲、ショパンのバラードの中では最もノーブルな感じのする曲で、もちろん技術的にも最上級レベルの曲。華やかでとてもピアニスティックな曲です。プロのピアニストの方が弾かれるテンポよりほんのわずかですがテンポを遅くして弾かれましたがなかなか堂々とした立派な演奏でした。当日妻とは同行していなかったのですが、コンサートの終わった後二人で食事をして帰りました。その時、妻ももっとアマチュア的なピアノ発表会みたいな演奏だと思っていたみたいでしたが、なかなかにすごい演奏だったのでとても感心していました。休憩をはさみ後半に入ります。

後半は、ちょっと変わったプログラムになっていて、プロの打楽器奏者の斎藤祥子さんとプロのピアニストの田村祥子さんとの共演という形です。ラヴェルの「マ・メール・ロア」比較的易しい連弾曲ですが、多分お孫さんの友達なども聴きに来ているのでこういう選曲にしたのかぁ・・・・とも思いました。この頃になるととてもリラックスして弾かれている感じでこちらも楽しく聴くことができました。この後お孫さんの女の子の弾く「トロイメライ」とグノーの「アヴェマリア」が入ります。このアヴェマリア、歌でない場合はヴァイオリンなどで弾かれることが多いですが、今回は斎藤祥子さんのマリンバが主旋律を奏でました。この旋律をマリンバで演奏したもの初めて聴きましたが結構良かったです。息の長い旋律をマリンバで弾く場合はトレモロしかありませんが、これが以外に新鮮でした。

最後はサンサーンスの「動物の謝肉祭」を2台のピアノ用に編曲したものを演奏されました。ここでは斎藤祥子さんのパーカッションも色々入りなかなか面白い演奏でした。

この福村さんの演奏会、先にお亡くなりになっているご主人の福村豊氏の誕生日に合わせたようです。この福村豊氏は本格的に声楽をやられていた方で、声楽家になるか医者になるか迷った末に医者の道を選んだ人だということです。本格的な声楽をやられていた人なので、奥様の音楽の勉強にも深く理解があったようです。今日の演奏会の福村裕子さんも音楽の勉強のためにザルツブルグやウィーンへ行ったり、大好きなべーゼンドルファーのピアノで練習できる環境を作ってくれた福村豊氏にはとても感謝しているとプログラムのコメントにも書かれていました。

福村裕子さん自身も若い頃から福村豊氏の作った医療法人で働き、今も医療法人の理事をされています。社会福祉法人では副理事長の要職にも就かれていて現役のキャリアウーマンでもあります。息子さん二人、娘さん一人いますが、3人ともお医者さんです。音楽好きの家系で、福村豊氏の弟さんはジャンルこそ違いますが、ラテン系のプロのバンドを持っていてそのバンドマスターもしています。こちらの演奏会にも行ったことがありますが、なかなか楽しい演奏でした。

福村裕子さん、すべての演奏が終わってご挨拶をされましたが、その声もとても70代の女性の声には聞こえませんでした。声楽もやっていたからかも知れませんが、とても美しい声で

「この日が近づくにつれて、怖くてしょうがなかったので、最初で最後の演奏会にするつもりでしたが、今日こうやって終わってみたらまたやりたくなってしまいました」

とのご挨拶。(ご本人の弁そのままではありませんが、趣旨はこのとおりです。)大失敗をしたらいざしらず、ある程度自分の実力を発揮できた場合は、このような演奏会をするということは病み付きになるのかもしれませんね。

福村さん、その声も美しかったですが、多分そのお姿も若い頃はさぞや美しかったのではないかと・・・・・。
写真はパンフレットに写っていたご本人の写真です。最近撮られたものでプロの写真家の方に撮影していただいたそうですが、とても若々しいですよね。これからもお元気で仕事とピアノを両立して、また演奏会を開いて欲しいなと思いました。

福村裕子ピアノ演奏会。当日のプログラム
福村裕子ピアノ演奏会。当日のプログラム
福村裕子ピアノ演奏会のパンフレット
福村裕子ピアノ演奏会のパンフレット

フリードリッヒ・グルダ:異端児の肖像

フリードリッヒ・グルダ、今回はこの巨匠についていかに面白い音楽家であったかということを詳しく紹介してみたいと思います。参考文献として「グルダの真実」という書籍からいろいろ引用させてもらいました。また貴重な写真も何点かアップさせてもらいました。(注※)(文中、茶色のテキストの部分は実際にグルダが語った言葉を引用したものです。)

異端児という当時の偏狭なクラシック音楽界の中では名誉ある?命名をされたグルダですが、この本でも語り口はその異端児ぶりを表現するために一人称は「私」ではなく「俺」になっています。

【グルダを取り巻く音楽家たち】

グルダは同時代の音楽家についてどう思っていたのでしょう、グルダが話題にした同時代の音楽家は数少ないですが、その中でミケランジェリとルービンシュタインとグールドについて若干の語りがあります。ミケランジェリは自分とは違うピアニストだが素晴らしいピアニストであったことに違いないが、ある距離をおいて見ていたと言っています。ミケランジェリはグルダに言わせれば、常に自分に厳しく現状では満足できなくて、ピアノにも満足できず演奏会をすっぽかしたり、自分に苦役を課していてさぞや大変な人生だったろうと言うようなことを言っています。またミケランジェリが公演をすっぽかした時グルダが代役で演奏したことがあります。その時の聴衆にたいしても「ミケランジェリの追っかけみたいな、上品なご婦人ばかりで俺は自分の弾きたいように自由にやった・・・そのおかげで聴衆の4割くらいが席を立って出て行ったけど、俺にとっては有意義な演奏会だった」と述べています。

★グルダのホロビッツ評

彼はものすごく速く、大きな音で弾けるピアニストだけど音楽のことはあまりわかってない。

★ルービンシュタイン

彼は素晴らしいピアニスト。美しい音と何よりもリラックスした寛ぎを与えてくれるピアニスト。バリバリ弾きまくる嫌な趣味もない。何よりもピアノという楽器を美しく響かせることができるピアニスト。これについてはルービンシュタインとミケランジェリは名人技。

ここでピアノのタッチの話から、突然ジャズピアニストのチック・コリアのことが出てきます。

「このタッチのセンスというのはどの流派で学んだかではなく、まったく特別な才能で、非常に稀なものなんだ。チック・コリアは間接的にミケランジェリの生徒の一人っていうことになる。あいつはミケランジェリの生徒からピアノを学んだからね。ジャズ・ピアニストの中じゃ、コリアは特別に美しい響きの持ち主、聞けばすぐにコリアとわかる。明るい水晶のようにクリアーな響きの持ち主、そう、それで彼は俺のところでちょっとばかりモーツァルトを学んだっていうわけさ、彼の演奏を聴けばそれがわかるよ」

チックはグルダからモーツァルトを学んだんですね。チックの弾くモーツァルトが、素晴らしいのはこの影響もあるのかなと思いました。

★グールドについて

グルダは名前が似ていることでよく間違われたと言っていますが、グールドについては素晴らしいピアニストであることには間違いはないといい、彼の弾く「ゴールドベルク変奏曲」はグルダは高く評価していた。しかし西洋音楽の古典が楽しさや気楽さというものから芸術というものに高められるほどにその閉塞感や堅苦しさからグールドと言うピアニストは抜けられなかったのではないかと言っています。自分はそういうものからいち早く抜け出て好きなことをやったから・・・「自分が受けてきた音楽教育のばかばかしい狭苦しさは完全に克服したんだ」と言っています。

【グルダとモーツァルト】

モーツァルトというと筆者も独自の感覚を感じて、ちょっと他の音楽家とは同列に並べられない作曲家だと思っています。グルダに言わせるとモーツァルトというのはピアノの曲に関して言えば、一部の曲をのぞいて技術レベルはあまりたいしたことない、せいぜい中級~中級の上のレベルで弾けるものばかり、しかしだからといってモーツァルトは甘く見てはいけない・・・と。当時のウィーンの演奏会のプログラムでも、最初に小手調べ的にモーツァルトの曲を弾いて、後からメインにチャイコフスキー(※筆者思うにこれはピアノコンチェルトの事かなと思います。)やブラームスなどの大曲を弾くというやり方が多かったみたいですね。これについてはグルダの独白を全部引用させてもらいます。

「でも、これはとんでもない思い違いで、正しい関係(※モーツァルトと他の作曲家の関係)の転倒なんだよ。まったく恥ずかしいことだけど、以前は俺自身もこの思い違いをしていた。音楽学校にいると、いや、残念ながらもっと上の音楽院にいても、そう思うようになってしまうんだ。モーツァルトこそは、おそらく、史上最大の音楽家だった。俺が音楽について考える場合、俺の思考の中でモーツァルトほど中心的な作曲家はいない。モーツァルトについては、俺はこう言っているくらいなんだ・・・【私にとってモーツァルトはイエスの次にくる人だ。なぜならば彼は疑いもなく、人類最大の恩人のひとりなのだから】」

まさにモーツァルトの本質を言い当てていると思いますね。私もそう思っています。昔モーツァルトを聴き始めたときには、とてもわかりやすいけど、でも、なんかみんな同じじゃん、という感じ方だったのです。でも、最近モーツァルトに関しては、少し感じ方が変わってきました。具体的に何が・・・とはいえないんですが、何かこう、天上の音楽という感じがします。こういうと何か宗教的な感じを抱いてしまう人もいるかもしれませんが、管理人は偏狭な宗教というものは大嫌いです。ただ、この無限大ともいえる、人間の叡智などでは計り知れない壮大な世界の摂理みたいなものは興味があります。モーツァルトの音楽というのは既存の言葉で表現すれば、いわゆる「神がかり」の音楽とも云えるくらい美しくもあり単純明快(音楽でもことさらに複雑なものが良いとは限らない)ではあるけれど、聴けば聴くほど奥が深い音楽と思えるのです。バッハもモーツァルトと音楽の違いはあるけれど、天啓を授かった音楽という気がします。ちょっと話が脱線してしまいましたが、次の項目に移りましょう。

★ピアニスト以外の音楽家のこと

グルダはピアニスト以外の音楽家についても言及していますが、その中で興味深かったのは、あの大指揮者のレナード・バーンスタイン。ひどいこき下ろしようです。ブエノスアイレスでバーンスタインの演奏会があり、そのレセプションで一緒になって、連弾をすることになったみたいなんですが、その時の事。グルダはいろいろジャズ演奏家の事などにも言及しているバーンスタインのことだから、ジャズくらい弾けるだろうと思ってガーシュインのレディ・ビー・グッドという曲をやろうということを提案したのですが・・・

ガーシュインのレディ・ビー・グッド、B♭メジャーの簡単なブルースの曲さ。ところがナント、驚いたことに、バーンスタインはこの曲を全然知らないって事がわかった。すべてがウソ八百だったんだよ。ー中略ージャズ音楽の構造とかコードの決まりとかについては、奴さん、まるでわかっちゃいないんだ。俺は驚いたことも驚いたけど、それよりも腹が立った。先に演ったモーツァルトだって甘ったるくって、ナヨナヨしていておよそモーツァルト的じゃない。思いだすのも嫌なくらいだ。さらに悪いことには、バカな連中がそれをことのほかモーツァルト的な演奏だなんて持ち上げるものだから、バーンスタインはますますいい気になってその無理解を助長してしまっているんだ。いまわしいことさ。

なんとまあ、当時でも巨匠といえるバーンスタインのことをこれだけ辛らつな言葉で批判してしまう、グルダという人物はまさに異端児。確信的な信念を持っていた人なんだなぁと改めて驚いています。まあ、後でバースタインの第9は良かった。優れた指揮者であることには間違いないなどとフォローしていますが、なかなか面白いエピソードですね。

こんなことを云うグルダも「カール・ベーム」については絶賛しています。モーツァルトをあそこまで美しく演奏した指揮者は彼だけだとか、「普段はあの好々爺とした風貌だからわからないけど、音楽に対しては強力なパワーを持っている、あの爺さんのことはあなどれない」とまで云っています。確かにベームという人は、音楽がゆるぎないという感じがします。すごい人だったんだろうなぁと思いますね。他にも「ジョージ・セル」やカラヤンについてはとんでもない演奏もあるけど、とにかくオケが綺麗に華やかに響くんだ。と、高く評価していたみたいですが、このあたりを詳しくご紹介すると、またまた膨大な長さになってしまうので、指揮者についてはこの辺で終わりにします。

★教師としてのグルダ

グルダ自身、自分は教師としてはまるでダメだったと言っています。自分で言っていますが、そもそも生徒というのは下手だ(これは当たり前のように思いますが(笑))下手なピアノはどうも苦手・・・これでは先生になりようがありませんね。(^0^)しかしグルダが唯一驚愕した生徒がいたのです。(以下原文引用)

・・・俺は何度も南米に演奏旅行に出かけていたけど、そのうちの何回目かの時、すごくしつこい一人の母親が「神童」とやらを連れて、俺を訪ねてきたんだ。あまりに粘るので会う日取りを決めて会うことにした。そんな次第でこのママ・アルゲリッチが12歳になる娘のマルタを連れて、俺の所にやってきたんだ。俺はまあちょっとピアノを器用に弾くたいしたこともない子供だろうと思っていた。すごく可愛い子だから、俺も少しは愛想が良くなって「何を弾いてくれるの?どこでピアノの勉強をしたの?」って緊張を解いてやろうと優しく訊いた。―中略― こうして彼女は子供らしい素直さでシューベルトを弾いた。もう、驚いたのなんのって、神童ってものが、本当にいたんだよ。・・・

グルダをして神童と言わしめた女性、もうお分かりかと思いますが、かのマルタ・アルゲリッチだったんですね。グルダはこうして2年以上マルタの先生になるわけですが、グルダ曰く、ピアノの技術面では何も教えることはなかったと云っています。何を教えたのかといえば、ウィーンという西洋音楽の伝統の空気を、ベートーヴェンやモーツァルトやハイドンと言った作曲家の音楽をウィーンという町で彼女に体験させるということだったようです。グルダは彼女からレッスン料などというものは一切取らなかったということですが、それにしてもやはり超一流になるような人は子供の時からちょっと(ではなく大きく)出来がちがうようですね。この話を聞いてそれは本当に実感しました。こういう関係があったからなのかわかりませんが、アルゲリッチは大人になってからもグルダとは交友があり、かなりプライベートな事もグルダには話す間柄だったようです。

写真は当時のマルタ・アルゲリッチとグルダ、少女時代のアルゲリッチ、可愛いですね。

グルダと少女時代のマルタ・アルゲリッチ
グルダと少女時代のマルタ・アルゲリッチ

★演奏中のこと

グルダに限らず、真に天才的な人が皆言っている興味深いことがあります。これは音楽という仕事に限ったことではないんですが、次のグルダの演奏中の事を読んでください。

俺の中には、そう、うんと深い核心とでも言ったところに、自分でも全くコントロールできない何かがあるんだ。それがなんなのかはわからない。この感覚に初めて気づいたのは、俺がまだ16歳だった1946年、ジュネーブの国際コンクールでのことだった。コンチェルトを弾いていて、ある箇所に来たとき、俺自身が弾いているんじゃない、それが弾いている、って感じがした。なにかこう背筋が寒くなるような気がしたよ。最高にうまく弾けている時だ・・・中略・・・最良の瞬間には、これは俺じゃないって気がするんだ。

これってなんだと思いますか?音楽の世界の人だけでなく、色々な偉業を成し遂げた人が必ずと言って良いほど口にする言葉です。その瞬間は自分ではなく何か大いなる力のようなものが入ってきて云々ということです。私が思うにこれがいわゆる天の助け、天啓というものなのかなと思っています。凡人にはこんな瞬間は訪れません。ただ、管理人も経験はありますが、本当に純粋な気持ちで自分の力を出し切って何かをした時というのは、何かこう目に見えない力が手助けをしてくれると感じたことが何度かあります。これって・・・何なんでしょうね。話が脱線してしまったので、次に進みましょう(^0^)/

【グルダとジャズ】

グルダがクラシックピアニストの中で異端児と呼ばれた最大の原因は、彼が本気でジャズに取り組んだということなのではないでしょうか。グルダとジャズの出会いは1946年のジュネーブ国際音楽コンクールに出場した時、ボランティアで宿泊部屋をグルダに提供してくれた家でした。当時はコンクールに出場するピアニストたちもホテルなどに宿泊する経済的余裕はなかったと云っています。そこでこういう奇特な人たちが若き芸術家の卵たちに宿舎を提供していたというわけなんですね。

それでグルダの泊まっていた家にはグルダと同年代の子供たちがいて、当時の最先端のジャズメン、ガレスピー、デューク・エリントン、チャーリー・パーカーなどの音楽を4、6時中を聴いていたのです。最初グルダはこの聴こえてくる音楽がどうにも好きになれなかった。うるさいので、ドアを閉めてベートーベンの練習をしていました。ところが、この先がグルダの凡人と違うところなのです。普通ならここで「ああいうわけのわからない音楽なんか最低だ」と言ってオミットしてしまう人が殆どでしょう。でもグルダはこう思うのです。「確かにあれは好きじゃないが、彼らがあれだけ夢中になって聴いていると言うことは、何か良いところがあるに違いない」と思うのです。

「俺は第一歩を踏み出したんだ。俺は自分に言い聞かせた・・・OK、好きになれないのはいいが、とにかくまあ一度、偏見を持たずに聴いてみよう。それで、彼らがその音楽を聴きながら、いつ、どこで、なぜ反応するのかってことをじっくり観察して、その反応を自分でも真似てみる。まあ、言ってみればジャズの聴き方の練習をしてみたってことさ。そしたら段々とわかってきた。そうなると慣れない手つきで自分でもトライしてみる。俺はレコードから聴こえてくる曲を真似して弾いて見た・・・ところが、これが実にやっかいな代物だったんだ。わけがわからなくてお手上げって感じだった。

この辺りは本当にすごいですよね。音楽に対する貪欲とさえいえる執念みたいなものがなければここまではできないと思いますね。しかもクラシック・ピアニストとしては国際的なコンクールに出場するくらいの腕前のピアニストがここまで偏見を持たずに知らないものを理解しようという姿勢・・・これはやはり驚くべきことなのではないかと思います。

その後、グルダは自分でもジャズのレコードを買ったりクラシックのコンサートが終わると小さなジャズクラブへ行きジャズを楽しむようになりました。でも、ここは根っからのピアニスト、自分でもやりたくなったんですね。

最初のうちはただ聴いているだけだったのが、だんだん自分も参加して、一緒に弾いちまうようになったんだ。当たって砕けろの精神さ。ところがやってみて、まったく楽じゃなかったよ。世界的ピアニストのグルダが弾くっていうことで、みんなジャズでも最初からぶったまげるようなスゴイ演奏をするものと思い込んでるんだからね。ところがどっこい、大失望ってわけさ。みんながまともに聴いてくれるようになるまで、俺はホント、すごい苦労をしたよ。・・・中略・・・俺がジャズを弾き始めた頃は、俺の演奏なんてお粗末なもんだったからね。ジャズの世界から見れば、俺は何ひとつできやしなかった。クラシックピアニストとしてはなんでもできたけど、ジャズ・プレイヤーとしてはゼロだったんだ。

この後グルダは何年もかけてジャズの修行をします。ジャズの演奏をする無名のピアニストからもいろいろ学び次第にジャズというものが分かってきます。

「皆親切に教えてくれたよ、コテンパンに酷評されたこともあったけど弾くのをやめちまえってことじゃないんだ。俺は謙虚だったからね。コペンハーゲンとかあちこちの都市で俺は穴倉みたいなジャズ・クラブに出かけて行った。そして「弾かせてもらえますか」って、礼儀正しく訊ねるんだ。グルダといいますと云ったって「ふ~んいい名前だな、ちょっと弾いてみな」っていう感じだった。

このあたりのグルダの自分が知らないもの、学習したいものに対しては謙虚に学ぶという姿勢は本当にすごいと思います。当時すでに世界的なクラシック・ピアニストだったわけですからね。普通の人間ならちょっと人より有名になったり、優れているという評価が出るとどうしても高慢になってしまう人が多いのに、グルダというのは歯に衣を着せない物言いをする人なので、高慢な人だと思われがちですが、真実は自分に正直で真に誠実な人だったのではないかと思います。

★第2のキャリア

グルダがジャズを学び始めた頃は時代からいってもモダンジャズの黎明期。それでも苦労をし、グルダはブルースとは何か、スウィングとは何か、バラードの伴奏はどうやるのか、ベースとはどう合わせるのか・・といったことを実践で体得していきます。何年もそういう状態が続いた後、ちょとした転機が訪れます。1956年のことです。スイスのジュネーブ国際音楽コンクールで一等賞に輝いてから10年も経っていました。グルダはザルツブルクでのマスタークラスとニューヨークの著名なジャズクラブ「バードランド」への出演というダブルブッキングをしてしまったのです。そのときブエノスアイレスの空港にいたグルダは、結局ニューヨーク行の飛行機に乗ってしまい、ザルツブルクのほうはキャンセルしてしまいます。

当時バードランドというジャズクラブで演奏できるプレイヤーは一流の人ばかりでした。グルダは蛮勇をふるってここで演奏したのです。因みにこのクラブの「バードランド」とはチャーリー・パーカーというスイングジャズからモダンジャズへの橋渡しをした偉大なサックス奏者のあだ名の「バード」から名付けられました。

俺は<バードランド>でジャズ・ピアノを弾いた。そこで昨日チャーリー・パーカーが演奏したことを俺は知っていた。偉大なジャズプレイヤーたちと比べたら、俺なんか何者でもない。それはまさに腕試しだった。そして俺は合格することができた。かなり得意でもあったよ。その時の俺の演奏は決して悪くはなかったと思う。でも当時俺がクラシックの世界でやっていることのレベルには、遠く及ばないものだった。まあ、言ってみれば徒弟の入門試験には合格したってところさ。

これからさらに4、5年ジャズの勉強に打ち込んだグルダはやっと自分でも第二のキャリアをものにしたと言っています。当時二足のわらじを履いていたグルダですが、32曲のベートーヴェンのソナタの他にバッハの平均律クラヴィーア曲集全曲の他、シューベルト、ショパン、シューマンなどの多くの楽曲を暗譜していつでも演奏会で弾けたうえ、ジャズでよく取り上げられるスタンダード曲を300曲暗譜で弾けたといいますから、やっぱりすごい人ですね。あらためて感嘆しました。

その後のグルダの音楽はますますいろいろなものに拡大してゆきますが、中でも面白いのは、マジでサックスを吹き始めたということです。グルダはジャズの管楽器奏者のためにたくさん曲を書いたことがありました。しかし、プレイヤーからはどうも管では吹きにくい、音がピアノ的だとか言われたようです。そこでグルダはサックスの練習を始めるのです。この辺の行動力というのは本当に感心します。彼が選んだのはバリトンサックスですが、なぜ、バリトンサックスを選んだのか・・・多分ジャズの世界でもバリトン奏者はジェリー・マリガンのような名手といわれる人も少なく、アルトやテナーの名手はゴロゴロいたので、ライバルの少ないバリトンサックスにしたのかなぁ・・・というのは管理人の考えです。で、この楽器でもほぼ1年で人前で吹けるようになり、あるジャズフェスでも演奏したりしています。写真はその時のサックスを吹いているグルダの貴重な写真です。本当に面白い人ですね。

レックリングハウスでのジャズフェスティバルでバリトンサックスを吹くグルダ
レックリングハウスでのジャズフェスティバルでバリトンサックスを吹くグルダ

その後もグルダは研鑚を重ね、チック・コリアやジョー・ザビヌル、ハービー・ハンコックといった超一流のジャズメンとも共演をするようになります。チック・コリアのことは特にお気に入りだったようで、自分は同性愛者ではないが、チックには音楽的に愛を感じていたみたいなことも言っています。写真はチックと仲良く手を繋いでいる写真。なんかちょっと微笑ましい写真ですね。

チック・コリアと手をつなぐグルダ
チック・コリアと手をつなぐグルダ

その他にもこの「グルダの真実」には現代音楽のことやフリー・ミュージックのこと、クラヴィコードにのめりこんだこと、作曲のことなど、面白いことがたくさん書いてありますが、あまりに長くなってしまうので、それらはまた別の機会にご紹介したいと思っています。

ここで少しだけ管理人の言葉で一言。グルダは殆どの著名なジャズミュージシャンに言及していて、キース・ジャレットについては、共演したことはないがいつか一緒にやってみたいとも言っていますが、ジャズ界の3大巨人、常に新しい試みに挑戦した音楽界のピカソとも言われたマイルス・デイビスと晩年は哲学的~宗教的になったジョン・コルトレーン、モダンジャズのピアニストでは、独自の奏法を確立し、後進のピアニストにも多大な影響を与え、モダン・ジャズのピアニストでは無視できない存在だった名ピアニストのビル・エヴァンス、この3人については何も触れていません。たまたま遭遇する機会がなかったのか、グルダほどの人物がこれらの人たちのことを知らないわけはないとは思いますが、ちょっと謎でもあります。(もしかしたらインタビューで触れる機会がなかったのかもしれません)

最後にグルダが自分で言った音楽の【ジャンルの壁】についての言及を引用しておきます。

音楽っていうのは、まあ、一本の大木のようなもので、そこからいろいろな枝がわかれてはいるけど、根っこは同じということだ。こういう風に考えれば俺にとっては(ジャンルの壁による・・筆者補筆)葛藤なんて解消してしまう。ところが普通はそこに葛藤があって、真面目な音楽家はみなそれを抱え込むことになる。自分は何をやるべきか、っていう問題だよ。ジャズをやるか、ポップスをやるか、クラシックをやるか、これは大変な問題のようだけど、何をやるかなんて問題じゃない、世の中には非常に多くの音楽の実践があるんだ、ってことだろう。クラシックの連中がジャズの連中を見下したり、ジャズの連中がクラシック・ファンのことを、まるで老いぼれの口うるさい、どうでもいいオバサンみたいに見るのはいい加減ヤメにしょうじゃないか。あの老ゲーテもこう言ってるよ・・・「諸国民が互いにいがみ合い、軽蔑し合っていたのでは、共に協力する気は起こらない」ってね。俺のやっていることは、両者の融和のために、何らかの役には立っているのかもしれないと思うよ。

そうなんです、人は自分の理解できないもの、嫌いなものは排斥しようとします。これは音楽だけではなくすべての争いの元なのです。私もどちらかといえば、クラシック系の音楽のほうが馴染みがありました。ビートルズは子供の頃から好きでしたが、初めてジャズを聴いた時、なんじゃこれは!グルダと同じでした。さっぱりわけがわからなかったのです。でも何回も色々なものを聴いていくうちに病みつきになりました。今では色々なもの偏見を持たずに聴くことができます。ただ、どうしても好きになれないもの、良さのわからないものというのはあります。これはいたし方ないと思っています。感受性の問題ですからね。食べ物だって皆が美味しいというものだって、人によっては美味しくないと感じる場合もあります、男性側からの見方で恐縮ですが、皆が美しいという女性だって人によっては、そうかなぁ・・・と感じる人だっているのです。ただ、それでその人のことを排斥しようとしてはダメなのです。そうか、君はA子ちゃんより、断然B子ちゃんのほうがいいんだね。と言う態度で認めてあげることです。最後はちょっと変な例えになってしまいましたが、本当に長文になってしまいました。ここまで読んでくれた方には感謝です。

今まで自分がやってきた音楽、聴いてきた音楽の他のジャンルの音楽にはあまり興味がなかったな、という人もこの管理人の拙文を読んで、他のジャンルの音楽も聴いてみようかな、弾いてみようかな・・・と思ってくれる人がいれば、管理人としては望外の喜びです。

ありがとうございました。

(注※)写真の掲載についても著作権侵害の目的はありません。広く紹介と言う意味で掲載させていただいています。もし何か不都合があればメールフォームからご連絡ください。対処させていただきます。なお、原文の引用部分も筆者の独断でこう表現した方が簡潔でわかりやすいと判断した部分は若干の字句の訂正はさせていただきました。もちろん原文の内容が変わるような表現の変更はしていません。

フリードリッヒ・グルダと音楽の垣根

フリードリッヒ・グルダといえば、20世紀を代表する巨匠といえるピアニストですが、今日は、このグルダと音楽のジャンルについて、管理人の思うことを書いてみたいと思います。

グルダを知ったのは、管理人が大人になってからピアノを習い始め、ベートーベンのピアノ・ソナタの演奏をグルダのピアノで聴いたのがきっかけです。もちろん生ではなくレコードです。グルダというと「ジャズなどもやっていたちょっと変わったピアニスト」という認識の人も多いかもしれませんが、それくらい彼がジャズにはまっていたということなんだと思います。グルダがジャズ演奏をするというのを知ったのは、グルダのベートーベンを聴いた後でしたが、へ~、マジでジャズをやるピアニストもいるんだと感心しました。もちろんグルダの弾くベートーベンも素晴らしく、感動しました。

1970年代にはグルダは本当にジャズに転向しようと思った時期もあるらしいんですが、周囲の強い反対もあって、両立しようということになったようです。ジャズというと今だに偏見を持っているクラシックファンも多いですが、さすがにプロの演奏家には最近ではそういう人も少なくなってきているようです。

確かにその昔デキシーランドジャズやスイング時代の演奏家はクラシックの演奏家と比較したら技術的にも音楽的にもレベルの差は格段にありましたが、(デキシーランドジャズやスイングジャズが良くないと言っているのではありません)、現代のジャズ演奏家のトップクラスの人たちは素晴らしい音楽性と技術を持っています。また最近では日本の若手ジャズミュージシャンは特に著名ではなくてもプロとして活躍している人たちは皆高い音楽性と技術も持っています。
これは戦後日本が高度経済成長をして、音楽の道に進むにしても正規の音楽教育を受けられるようになったからだと思います。彼らは皆既存の西洋の古典と一応クラシックの音楽理論を身に付けたうえで新しい音楽に挑戦しているので、基礎がしっかりしています。

昔の1950年代の名手と言われるジャズベーシストなどでも、若干ピッチが甘いかなと感じる演奏もあります。でも今は普通に聴きに行けるジャズのライブハウスで演奏している若手ベーシストなどを聴いても、ものすごくピッチが正確です。これはあたりまえのことなんですが、基礎をしっかりと身に付けているからだと思います。

話が脱線してしまいましたが、これは以前書いた記事にありますが、海外のオケに入って活躍している日本人の演奏家が、たまたまキース・ジャレットの弾くバルトークのピアノ協奏曲を生で聴いて、あの難曲をあれだけ弾けるとはすごいと感嘆したということですが、これも一種の偏見ですよね。ジャズ・ピアニストにクラシックの難曲など弾けないだろう・・・・・という思いが、こういう発言になるのだと思います。まあ、キース・ジャレットやチック・コリアというピアニストは単にジャズピアニストという狭いジャンルでは括れない音楽家ともいえると思います。

逆にジャズ演奏家の方がこの辺はこだわりが無くて、気楽にクラシック曲も演奏しているのだと思います。チック・コリアにしてもそうですし、最近では日本のジャズピアニストの「小曽根真」さんも東京フィルとモーツァルトのピアノ協奏曲台27番を演奏して話題になりましたが、これからはどんどんこのジャンルの垣根という、ちょっと厄介なものを取り払って新しい音楽の試みもして欲しいと思います。

グルダの話から、またまただいぶ話が脱線してしまいましたが、グルダという人は、感性がクラシック音楽だけに飽き足らず、新しい音楽の試みに挑戦するという革新的な感性の持ち主であったということなんですね。管理人もいつも言っていますが、事、音楽に関しては貪欲な感性(笑)の持ち主なので、あらゆる音楽を聴いて楽しんでいますが、グルダも古い音楽から現代ものまでなんでも弾いちゃうというすごい人です。少し前にグルダの演奏会の様子を収録した別な動画を見ましたが、なんと「クラヴィコード」を弾いていました。しかも大きな演奏会場ではあの小さな音のクラヴィコードでは聴こえないので、自分でPAの音を調節したりして、この大胆でこだわりのないグルダの音楽に対する貪欲さにエールを送りたいと思います。残念ながらもう故人になってしまいましたが、グルダの音楽に対する姿勢を後進の音楽家も見習って欲しいものです。

つい先日ツイッターでも紹介しましたが、グルダのジャズピアノをレクチャーしている動画と、チック・コリアと共演している動画を貼り付けておきます。

こういう貴重な画像と演奏が見られる、このYouTubeというサイトを作った、Googleさんには感謝ですね。レクチャー版はドイツ語なのでよくわかりませんが、トニック、ドミナント、サブドミナントなどというのはちょっと聞きとれて、それを実際に弾いてみせるのでよくわかりますね。

チックとの共演のほうは途中でグルダがピアノを弾くのを止めてしまいますが、その後のチックのピアノがとても素晴らしい演奏です。音楽って本当に良いですね。3度の飯とどっちが好きかと問われても、まあ3度の飯には負けてしまいますが(^o^)音楽って人間の発明?(実は人間が発明したのではなく、すでにどこかに存在しているらしい物をこの物質世界に持ち込んだ(誰が?)という説もありますが、ちょっとこの話は当サイトの趣旨から逸脱してしまうのでこれ以上はノーカットです)したものの中でも特に素晴らしいものですね。

Chick Corea & Friedrich Gulda-2 Pianos Jazz Improvisation

今日も管理人の長文を最後まで読んでくれた方には感謝します!

You Tubeの動画/モーツァルトピアノ協奏曲第20番 ニ短調K.466

音楽の楽しみというこのサイトもだいぶ記事も増えて、どの記事にもYou Tubeの動画を貼って視聴ができるようにしてありますが、他の人が作成した動画を貼っているので、時々削除されてしまうことがあります。で、削除されてしまったものや、ライブなどの良い動画がない場合、自分で動画を作成することにしました。

動画と言っても、静止画像に音楽を貼り付けたものがほとんどになると思いますが、当サイトは音楽を紹介するのが主目的なので、これでも目的は達成されるかなと思います。時々貴重な音源やライブを撮影した動画があるので、そういう動画は極力紹介させていただきたいと思っています。

管理人の作成して、YouTubeにアップした5作目です。曲はモーツァルトの「ピアノ協奏曲第20番」の第一楽章です。モーツァルトの曲の中では管理人の大好きな曲のひとつです。モーツァルトのマイナー(短調)の曲というのは、モーツァルトの作品の中でも特に素晴らしい曲が多いような気がします。

モーツァルトピアノ協奏曲第20番 ニ短調K.466 第一楽章

演奏は、ジョージ・セル指揮 コロンビア交響楽団、ピアノはルドルフ・ゼルキンです。本当はアルフレッド・ブレンデルのピアノ演奏のものをアップしたかったのですが、音源がテープなのでデジタル化しようと思っていたところ、テープデッキが壊れてしまったので、こちらの演奏のものになってしまいました。

チック・コリアとキース・ジャレットの弾くモーツァルト

最近ではジャンルを超えて、自分がメインでやっている音楽と
違う音楽をプレイする演奏家が増えています。

現代のジャズ界を代表する二人のピアニスト、チック・コリアと
キース・ジャレットもその先駆者と言えるでしょう。
この二人以外には本格的に演奏会などでマジにクラシックの曲を
演奏するピアニストはいなかったような気がします。

かのビル・エヴァンスなども大学ではクラシックピアノを学んでいて
ジャズの道に進むかクラシックの道に進むか悩むほどの腕前なので、
クラシックを弾かせても人前で演奏できるテクニックはあったと
思われますが、ビルは公のコンサートなどでクラシックを弾くことは
ありませんでした。ただ、プライベートではバッハや
モーツァルトはよく弾いていたようです。

チックもキースもなぜクラシックを本格的に演奏し始めたのかは
よくわかりませんが、彼ら自身の中で何かジャズだけでは自分の
音楽世界が表現できないと思ったのか・・・・・
まあ、多分弾きたくなっただけだと思いますが(~o~)
理由付けは後からいくらでも考えられます。
ジャズばかりやっていて、ふとクラシックもマジでやってみたら、
「お、これも中々良いじゃん」多分こんなノリなのではないかと思います。
(管理人の勝手な想像ですので記憶されませんように(~o~))

それで、これだけの演奏をしてしまうのですから、
彼らのピアノ演奏の技術も音楽性もすごいものだなぁ~と
改めて感心してしまいます。

以前、海外のオケに入って活躍している、日本人のある演奏家が、
たまたまキースの弾くバルトークのピアノ協奏曲を聴いたことがあって、
あの難曲をあれだけ弾けるとは、と感嘆したとのコメントを見たことが
ありますが、その言葉の裏には「ジャズピアニストにもあんなに弾ける人が
いるんだ」というある種の驚きがあって、ジャズピアニストに本格的な
クラシック曲が弾ける人などいないと思っている人も多くいるような
気がします。これはプロの演奏家の世界より、クラシック音楽偏重の
古いクラシックファンに多いのではないかと思います。

そんな垣根を破って、当たり前のようにクラシックを弾いてしまう、
チックとキースのおかげで、クラシックファンがジャズを
聴くようになったり、ジャズしか聴かないという人がクラシックも
聴いて楽しんでくれるようになれば、素晴らしいことだと思います。
楽しめるものはたくさんあったほうが良いですもんね。

では、さっそくチックとキースの演奏を、
なんとうまい具合に二人の競演ライブ
がありました。

曲はモーツァルトの
【2台のピアノのための協奏曲 変ホ長調 K365】から第3楽章です。
オケは東京フィルハーモニーです。明るく軽妙なこの曲をすごく
楽しそうに演奏していますね。貴重なリハーサルの映像も入っています。

(余談ですが、キースがバッハのプレリュードとフーガを弾いている
動画を見ましたが、クラシックではキースはあまりうなり声を
出さないみたいで管理人は良いなぁ~・・・?と思います)

新聞で知った情報ですが、ニューヨークに居を構え
世界的にご活躍されているジャズピアニストの「小曽根真」さんが、
この7月の5日と6日にやはり東京フィルハーモニーと競演、
モーツァルトのピアノ協奏曲第27番を演奏されるそうです。
27番のコンチェルトはモーツァルトのピアノ協奏曲の中では
音楽的にもテクニック的にもなかなかの難曲、聴きには行けませんが、
どのような演奏をされるのか楽しみですね。