ヴァン・クライバーン氏の死去

先日、2013年2月27日アメリカのピアニスト「ヴァン・クライバーン」氏が亡くなられましたね。享年78歳ということですが、クライバーンと言えば、なんといっても旧ソ連で開催された、チャイコフスキーコンクールの初回で圧倒的な評価を受け優勝をしたピアニストということで有名ですが、管理人も最初に購入したクラシックのレコード(当時はレコードでした。管理人の歳がわかりますね(笑))がこのクライバーンのチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番でした。

このアルバム、B面はこれまた有名なラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、なんかすごく得した気分になったアルバムでした。確かにこの二つの有名なピアノ協奏曲でのクライバーンの演奏は力強く華やかで、このスケールの大きな二つの名曲とぴったりの演奏でした。ただ、クライバーンの弾くピアノは軽やかさや明るさも感じます。この辺がロシアの作曲家の作品でありながらあまり重くならずに良いのかもしれません。

今日はそのクライバーンの管理人が買ったレコードと同じ演奏の「チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番」とクライバーンの若かりし頃のライヴを聴いてみましょう。ライブのほうの曲は「ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番」です。

Tchaikovsky Piano Concert No.1 -Van Cliburn

Rachmaninoff Piano Concerto No.2 – Van Cliburn


この曲ひさびさに聴きましたが、とてもすばらしい曲ですね。随所に甘く情緒的なメロディが出てきますが、安っぽくならないところがさすがですね。

謹んでご冥福をお祈りします。

辻井伸行さんのこと

少し前の話になりますが、辻井伸行さんという全盲のピアニストが「ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール」というコンクールで優勝したとのニュースで私は初めてこのピアニストのことを知りました。このコンクール、日本人では初めての快挙ということですが、そんなに重要なコンクールだということも知りませんでした。

「ヴァン・クライバーン」というピアニストはアメリカ人で初めて「チャイコフスキーコンクール」に優勝したピアニストです。学生の頃、彼の(クライバーン)のチャイコフスキーの1番とラフマニノフの2番のコンチェルトの入ったレコードを買って聴いてみて、テクニックはすごいと思いましたが、音楽的にはさほどとは感じませんでした。ただ、この2曲のスケールの大きさは上手く表現されていたと思いました。クライバーンさん、まだ、ご健在でいらしたんですね(失礼)

で、辻井さんの話ですが、彼は本当の意味で「天才」だと思います。「申し子」ゆえ、彼の目が開かなかった様な気がします。こういう言い方は酷な言い方かもしれませんが、辻井さんは「余計なものを視界に入れないで、音楽で人々を癒しなさい」との大いなる意志のお使いとも言えるのではないかなと思います。

彼の生まれた環境、ある程度裕福な知的水準の高い家庭、お父さんは医師ですよね。お母さんもそれなりの教養を身に付けた人のようです。「申し子」というのはそういう場所に生まれます。お父さんが粗暴犯、お母さんが虐待母などという環境には絶対に生まれません。伸行さんのお父さんは、ハンデを背負った自分の子がしっかり自立できるように相当厳しく育てられたようですが、愛情故の厳しさ、伸行さんはしっかり理解できているみたいでしたね。

しかし、楽譜なしで、耳だけで難曲を弾きこなすとはすごいことです。真に才能あふれた作曲家も、原点は楽譜ではなく「頭の中」で鳴った音を記録に残すために楽譜にしているだけなので、健常者よりもより、作曲家の意図を再現できるのかもしれません。楽譜を全然読めなくてもプロの、それもクラシック音楽のピアニストになれるんですね。

しかし、こういう驚きもある意味偏見かもしれません。以前の記事で書いたことがありますが、ジョージ・シアリングというやはり全盲のジャズ・ピアニストの弾くドビュッシーを聴いて、その演奏の素晴らしさに競演したオーケストラの団員が震撼したというエピソードもあります。

彼の作った曲も素晴らしい。何というか清浄な音の重なりが聴く者の心を癒してくれるような気がします。多分、彼の作曲法はピアノを弾きながら即興でできるのではないかと思います。動画は演奏会でのアンコールに応えての彼の自作曲です。

【辻井伸行 – コルトナの朝 (Nobuyuki Tsujii – A Morning in Cortona)】

彼の演奏を聴いて、久々にスリリングでいて人を癒すことができる音楽、感動をすることができるクラシック音楽を聴けるような気がしました。これから先が楽しみですね。